"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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富良野 (根室本線) 1975

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富良野へ日中に降りた記憶は無い。富良野線とか落合に鹿越あたりで撮り終えてからの中継地として夜間に立ち寄るばかりだった。それでも、想い出すことはふたつある。主要駅らしく2面の乗降場を長く覆っていた木造上屋と、その下で営業していた竹内待合所の弁当販売所である。
切妻で傾斜のある大きく深い屋根は数多くの柱に支えられ、加えて、ここでは積雪に対応して軒に向けて長い腕木が付加されており、それの立ち並ぶ様は壮観と云っても良かった。近年までの名寄に稚内も失われ,残っているのは北見と釧路のそれぞれ第二乗降場くらいではなかろうか。木造の跨線橋とともに駅の存在感を強く印象付ける構造物ではあった。北海道型と云われる駅舎の保存すら聞かれない現状では、まして上屋をなど夢のまた夢だろう。

まつや竹内待合所がここに開業したのは1937年とある。(林順信氏の資料による-国鉄の旅 : 保育社1985年) 根室本線用の第一乗降場中程には、その当時からと云われても納得するような古めかしい竹内売店が置かれ、立食いそばの営業と駅弁当の販売が行われていた。それは木造の上屋に違和感無く溶込む、好ましい佇まいであった。富良野線の第二乗降場にも小さなの円形の販売所があり、売り子の老人がストーブを抱えるように座っていたのを思い出す。
竹内待合所は特殊弁当を調整していたでなく、幕の内弁当が用意されただけであったが、それを蒸篭で暖めながらの販売で、手に取れば水気を吸って撓った経木から温かさの伝わったのだった。冬ならば、しばれるホームで曇った窓と漏れ来る湯気に引き寄せられた。深夜、上下<からまつ>の時間帯でも灯りの点いていた記憶が在る。

写真は、2番ホームから発車して往く5D<おおぞら3号>。函館を出て6時間余り、終着まではまだ4時間の行程である。
この位置後方に在った運転詰所に断りを入れて撮っている。

2本の乗降場に変わりはないが、今では上屋は何の変哲も無い平屋根に架け替えられ、林立した柱も深い軒もなくなれば、そこに旅情も無い。
優等列車の減って80年代半ばには竹内待合所も撤退して、時刻表から弁当マークの消えていた富良野だが、近年に至ってそれが復活している。けれど、観光グルメとやらに便乗する免罪符的販売に過ぎず、深夜/早朝に買えぬのでは、もはや鉄道旅行者のものとは云えない。

[Data] NikonF2+Auto-Nikkor50mm/F1.4 Bulb@f8 Non filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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