"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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女満別 (石北本線) 1971

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網走に駅ネした翌朝のこと。1往復だけとは云え急行も停車した女満別町の中心駅なのに、早朝の札幌行き急行から降り立った駅前は農業倉庫ばかりだったことに戸惑った覚えがある。それは駅前の狭い広場を取り囲むように何棟も建てられて視界を阻むのだった。市街地はそれを回り込んで到達する国道39号線の向こう側に在った。その国道沿いの駅寄り側にも倉庫は建ち並んでいて、周辺農業地帯の中心的集荷駅だったのだろう。側線には多くの貨車が押し込められ、駅裏側にはカントリエレヴェイタまでも設備されていたのである。

今、ここには駅ビルのごとき三階建てビルが建てられるのに驚く。1990年に改築されたそれは、女満別町(現大空町)の施設(図書館)との合築駅舎と云うが、駅設備(待合室)はその一角に間借りするに過ぎない。近年に、ここへ降りたことはないけれど、通り過ぎる列車から見れば、ビル裏手にひっそりと発着する様相である。
ここに上下の乗降場を結ぶ跨線橋設備は、かつても現在も無い。一部に、1974年に設置との情報があるけれど、それは駅前と網走湖畔の温泉を結ぶ人道跨線橋を指している。この当時には、それも無かったから73年にここでの駅ネを断られて、国道を遠回りしての湖畔の宿まではずいぶんと遠かった。→女満別 (石北本線) 1973

写真は522列車。旭川から832列車となって小樽まで直通していた。その所要時分は13時間である。
夜行急行とともに石北本線内の荷物輸送列車で、それの全廃まで気動車化されることは無かった。
ここで列車交換となって下り本線に停車しているのは、夏季輸送期多客臨の8519列車<大雪52号>、斜里行き。蒸機急行だけれど外観は普通列車と何ら変わらない。

[Data] NikonF+P-AutoNikkor135mm/F2.8 1/250sec@f8 Y48filter Tri-X(ISO400) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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