"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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猿払 (天北線) 1986

sarufutsu_03-Edit.jpg

猿払、最後の夏である。
ここが線区とともに廃駅となるまで、まだ3年半を残すのだけれど、この年の11月改正にて猿払は閉塞扱を廃止し中間駅となるのである。上り方下り方の分岐器に場内/通過/出発の信号機は撤去され、第二乗降場は不要となる。もちろん要員は引上げられ、無人化される。

もっとも、貨物列車のスジの無くなった84年2月改正以降、所定ダイヤではここでの列車交換の設定は無くなっており、朝方の3本と夜間の2本列車には浜頓別-鬼志別間で併合閉塞が施行されていたから、閉塞は急行を含む日中の8本列車に扱うのみであり、何時廃止されても不思議の無い状況だったのである。
浜頓別-鬼志別間に在った閉塞駅の内、山軽/芦野が60年代末に、ほぼ中間に位置する浅茅野が73年9月と云う早い時期にそれの廃止され、猿払が残された事由は解らない。81年度データでの乗車人員も浅茅野が上回っていた。
ともあれ、ここは86年10月31日まで旅客駅で在り続けた。但し、併合閉塞施行の時点で駅長は廃され、浜頓別の管理駅となって運転要員はそこからの派遣であった。(なお、この際に音威子府方から上り本線への進入/進出ルートが確保され、以来第二乗降場は使われていない)

この時は、札幌での用務の際に足を延ばしている。いつも撮影でお世話になっていた牧場主に、そこからの写真をパネル化して届けに赴いたのである。撮影機材と一緒ではとても持ち歩けない。
<利尻>で音威子府から入り、廃線後の興浜北線を眺めてから牧場を訪ね、この日は稚内に泊まって翌日に空路で帰京している。

列車は、駅員の監視にて発車して往く724D音威子府行き。見慣れていた光景だが、やはり良いものだ。
北オホーツクの短い夏は、もうすぐ終わる。

[Data] ContaxT CarlZeissT*35mm/F2.8 Aperture-Priority AE(f5.6) Non filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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コメント

いつもながら感心、というよりも感動して拝見しております。
緻密なデータと記録に依る解説と随想文。

不躾な質問と承知の上でお尋ねします。
Wonder+Graphicsさんは、写真集、または書籍の著作物がありますか?
もしもありましたら、是非ともご紹介いただきたいです。
コーチャンフォー(大型書店+複合店)にダッシュします!

  • 2013/04/30(火) 00:44:50 |
  • URL |
  • うめじろう #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんばんは。恐縮の限りです。
鉄道屋を40年近くもやっていますと、自然に資料も溜まれば
知識も蓄積するものです。
あまりマニアックなことは避けようと心がけるのですが、
ついつい傾いてしまいます。どうか、おつき合い下さいませ。
ご質問につきましては、私信にて。

  • 2013/04/30(火) 23:06:41 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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