"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

北舟岡 (室蘭本線) 1990

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利用客数を減じる駅の多い中に在って、ここ北舟岡の乗降客数は増加傾向にある。仮乗降場時のデータは採られていないのだが、1992年度の1日平均の108人は2005年度に167人となっている。
これは、その周辺まで伊達紋別の市街地が拡張して駅勢人口の増加しているためであろう。室蘭方面への通勤通学や買物などの用務需要トリップが増えているものと思われる。
近隣の海岸段丘上の畑作地では、70年代より宅地への転換が始まって市営住宅団地なども立地して来たのだが、80年代以降にそれは加速度的に進展して、市街地/住宅地は伊達市中心市街地と連続するようになり、今ここはその東縁である。90年代には段丘下の原野部分も開発対象とされて、室蘭本線の車窓にも住宅街が見て取れる。
近年のデータしか得られなかったのだが、伊達市の1995年度の世帯数13711は、大滝村との合併直前の2004年度に15977世帯、それを加えた2005年度の17015も2012年度には17872と増加しており、これを裏付けている。

対しての人口は1995年度の35145人が2012年度には旧大滝村分を加算してもなお36201人である。
市域の人口は減少しているにかかわらずの市街地の拡大は、伊達市に限ったことでは無い。以前にここでも稚内市、中標津町についても書いたことがある。→稚内 (宗谷本線) 1985/計根別 (標津線) 1975 それは全国的に進行している、社会構造の変化を背景にした単身世帯の増加や核家族化の進展による市街地の外縁拡張なのだが、この規模の都市では旧市街地からの商業施設や人口の大きな転移をともなうでなく、ここでも大型店の立地はその近隣である。これには後背の山間地や農業地域からの流入もありそうで、中心市街地の焼け太りとルーラル地域の集落の縮小や消滅は裏腹な関係なのだろう。
(※人口/世帯数データは伊達市WebSiteに在る資料による)

写真は、強い西日を照り返す5011D<北斗11号>。
函館運転所による、キロ182が500番台である他は 0番台車の運用だったが、夏季輸送期とあって所定7両に対して3両の増結がある。
86年度新製の500番台車に採用され既存の0番台にも及んだ、この新特急色は来る民営化を意識したのであろうが、些か安っぽく感じられ、特にキハ183-0番台車には似合わない。北海道旅客鉄道がこれを廃して数年後、新潟の12系団体用座敷客車に同色が現れるとは意外だった。

[Data] NikonF4s+Distagon 28mm/F2.8(with Adapter) 1/500sec@f5.6 Fuji SC52 filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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コメント

こんばんは。おじゃまします。
今回もまた、興味深く拝見いたしました。
毎回詳しい解説、勉強させていただいています。

確かに似合わない色だったな、と記憶しています。
自分はいわゆる「鉄ちゃん」ではありませんが、Wonder+Graphicsさんの写真と解説は、非常に興味深く拝見しています。

  • 2013/04/16(火) 02:02:26 |
  • URL |
  • うめじろう #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんばんは。
駄文におつき合いくださいまして、ありがとうございます。
鉄歴永いですから、マニアックにも書いてしまいますが、
ご容赦下さいませ。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。

  • 2013/04/16(火) 23:44:37 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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