"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

函館 (函館本線) 1988

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海峡線の開業に際しての函館駅への電気運転設備は必要最小限に留められた。即ち、本線2番/3番/4番線(それぞれ2番から4番線ホームに対応)と機関車回転線として用いる副本線1番線の4線のみへの電車線路架設である。これは、機関車配置が五稜郭で電車編成の滞泊もなかったこともあるが、青函航路の終航後に計画されていた構内の改良工事を見据えての、言わば仮設となるゆえである。但し、1924年12月に設置されたと云う鉄骨木造跨線橋が架線に支障するため、やや下り寄りの新跨線橋に架け替えられている。合わせて、使用を停止していた跨線テルファもこの時に撤去された。
なお、海峡線の開業後の想定を上回る利用に対応して、1988年10月1日に乗降場旭川方の回転1番線と運転所に隣接の客留20番線に電車線路が追加されている。

函館市の都市計画とも連動した構内改良工事は、連絡船航送関連の施設・設備の全廃された桟橋へと繋がる構内の南側を区画整理事業用地として切り離す、大胆なものであった。
これにより、ホーム有効長が、それぞれ159メートルと120メートルに分断される第2乗降場(86年度までは第1乗降場と呼称。1・2番線ホーム)と第3乗降場(同第2乗降場と呼称。3・4番線ホーム)の代替として、岸壁へと向かっていた副本線3番線跡付近に有効長284メートルの第4乗降場が増設され、90年3月10日改正より片側5番線ホームのみで使用を開始した。
引続き、91年3月26日を初回とした幾度かの信号現示停止をともなう工事により、ここの線路配線は引き直され、92年2月20日にはホーム有効長354メートルの第5乗降場(7・8番線ホーム)とその外側に機回線が完成して3月14日改正より使用開始とされた。これにより運用を停止した第4乗降場は、拡幅工事にて6番線ホームを増設の上93年3月19日改正で再開として、一連の工事を終了する。
以後、函館駅は、この0番線から9番線の10線体制(それぞれホーム番線に対応、9番は機回線。なお線路番線の呼称変更時期は不明)にて2001年まで運用されるのである。

かくして、かつて第一岸壁への高架乗船通路下付近にあった函館本線の施設上の起点である函館桟橋0K000Mは線路上からは失われたのだが、現在の5番線線路終端には、そこの0K000Mを函館桟橋起点0K219Mと読替える距離更正標が立てられている。函館桟橋は仮想上の地点として生きているのである。今の旧函館シーポートプラザ建物(かつての桟橋待合所の転用である)直前のバス駐車区画あたりが、その「現実」位置になる。
(この項続ける)

写真は、函館山を仰いで出発する1列車<北斗星1号>。
連絡船の終航からまだ間もなく、構内配線を含めてその関連施設は全て存置されていた頃である。第一岸壁には、6月3日から青函博覧会に協賛して青函間に遊覧運行として復活した羊蹄丸が見える。
現在の3番から8番ホームは、このあたりまで伸びている。(北海道旅客鉄道函館支社ビルより許可を得て撮影)

参考文献 : 道南鉄道100年史「遥」北海道旅客鉄道函館支社 2003年

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F1.8S 1/125sec@f5.6 Kodak No,9filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3&LR3 on Mac.
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