"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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新得 (根室本線) 1979

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ここのタイトルにもしている1966年は、それまでのハーフ判カメラに替えて一眼レフを初めて手にし、本格的に写真に向き合った年である。行動範囲もまだまだ札幌の近郊が主で、遠出しても興味は蒸気なら函館山線のC62に向いていた。写真技術は拙くて、Web上に先輩諸氏の作品が数多く発表される中で、ここでのその写真は1カットだけに留めさせていただいている。

奥地への遠征を始めるのは翌年のことだったから狩勝旧線には間に合っていない。半分負け惜しみで、C57の<まりも>は深夜の通過でどうせ撮れぬと思う反面、大築堤で<おおぞら>の80系気動車は撮りたかったと悔やみもしている。
1969年に初めて狩勝新線に乗るのだが、その圧倒的なスケールに尻込みしてしまい、ここを撮るのは70年代も後半になってからであった。当時の新得にはかつて補機が屯した扇形庫が残されており、その残滓は目撃している。

新得駅での駅弁販売(構内営業)の始めは、林順信氏の資料によれば戦後の1946年5月25日に開業の新得駅構内立売合資会社とある。1975年にここで手に入れた特殊駅弁「やまべずし」も、同社の調製販売になるものであった。けれど、鉄道の乗客向けに売られた「やまべ寿し」は、1910年代に存在した永瀬料理店にて考案され、駅構内での販売も行われたと云う。これは、後に加藤待合所の製造に代わり、1929年の掛け紙が文献に記載されている。戦後には村井食堂に引き継がれたとされるが、それと新得駅構内立売との関係はわからない。
おそらくは、その評判から加藤待合所に限らず、戦前には駅前に営業していた他の「待合所」でも、これは調製されていたものと思われる。新得駅構内立売も、ルーツとの関連なく「一般化」したそれを戦後に復活させたのであろう。
現在、駅前にて注文販売を受け付けている「お食事処暖笑」も、場所こそかつての「新得待合所」と同位置なのだが、直接の繋がりのある訳ではなさそうだ。ただし、そのレシピは新得駅構内立売の関係者から引き継ぐものと言う。
なお、やまべ(ヤマメ)を素材とした寿司駅弁の販売は新得ばかりでなく、札幌(但し「やまべ鮭寿司」)/旭川/上興部(後に興部)に例が在った。旭川のみが姿寿司、他2例は握り寿司である。この内札幌だけで現在も販売が続く。

13時28分、422列車が新得に到着。帯広へ買物に出ていたのだろうか、大勢の下車がある。前位側には荷物車が4両続いて旅客車は後部2両なので、些かホームを歩かされる。

=参考文献=
新得町百年史 : 新得町百年史編さん委員会編 (新得町 2000年)

[Data] NikonF2A+AiNikkor28mm/F2.8 1/125sec@f8 Y48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR4 on Mac.
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コメント

感動!

新得です!
3番ホームから線路を隔てて向こう側。
平屋で木造の古い町営住宅が並んでいます。
友達が何人も住んでいました。
さらにその向こうには、母が勤めていた保育園があったはず。
懐かしくて涙が出そうです。

ちなみにうめじろう、79年は中学生です。

追伸:
このお写真、勝手ながらDLさせて頂きました。
宝物にします。

  • 2013/07/16(火) 20:38:08 |
  • URL |
  • うめじろう #-
  • [ 編集 ]

Re: 感動!

こんばんは。

この日は、リフトで新得山へ登ってみたものの視界が悪く、あきらめて下山、
駅で作戦を練り直していた際のスナップです。
駅西側の住宅街は覚えていますが、町営住宅だったのですか。
てっきり、鉄道官舎だとばかり思っておりました。
このスナップでよろしければ、どうぞお持ち下さいまし。
こっそりとメイルアドレスをご連絡いただければ、大きいサイズもお送りしますよ。

  • 2013/07/16(火) 22:35:57 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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