"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

二見ヶ丘 (湧網線) 1972

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思い出されるのは、味噌パンである。

当時の製造会社は数多存在しただろうが、鉄道弘済会の売店に供給されていたのは、網走市所在の古川製菓の製品であった。
駅売店で入手出来る上、夏期でも変質し難く、なにより冬に凍らないので携帯食として利用した。
確か、青函連絡船の船内売店にも在庫されていたはずで、乗船すると道内時刻表とともに購入した記憶がある。
携帯には、やや嵩張るのだが、その形状と厚み、冷たくならない性質からカメラバッグの緩衝材の隙き間に収納し、断熱材がわりにしたりした。効果の程は未だわからない。

この時も、その「断熱材」をバッグから取り出し、朝食代わりにかじりながら列車を待った。
その地元、網走郊外の緩やかにうねる畑作地で、網走刑務所の実習地らしく無断立入りを禁ずる旨の立て札を見るが、冬とあっては咎める者も居なかった。

列車は、中湧別までの線内貨物1990列車。
白煙を撮ったカットなのでわかりにくいけれど、ワムフ100が連結されている。当時、専ら本線区に運用されており、荷物車の代用だったのだろうか。
東海道線の宅扱小口急送品急行貨物列車の後部を飾った花形貨車の最期の姿である。

古川製菓は現在も盛業中と聞くが、その味噌パンはキオスクの常備在庫ではなくなってしまったようだ。

[Data] NikonF+AutoNikkor35mm/F3.5 1/250sec@f8 Y56filter Tri-X(ISO400)
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コメント

こんばんは。

味噌パン、まだ売られていますよ、冬山登山の携行食として食べました。
近所のスーパーにも在庫があります。

食べれる断熱材、私もカメラバックに忍ばせようと思います^^

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