"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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豊浦 (室蘭本線) 1993

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豊浦の大岸方弁辺トンネル出口までの線路変更は、同区間の複線化に際し、豊泉川流域に迂回していた経路を大岸/弁辺トンネルを掘削しての短絡化にともなうものである。
新旧の弁辺トンネル出口は並列するが、その位置の施工基面高は新トンネル側が4メートル程低く、それの一致する貫気別川橋梁手前の起点34K414M地点まで新線が建設され、ここでの10パーミル勾配とR302の曲線が除去されている。この工事終点から豊浦方では現下り線が在来線となり、旧線はこれに繋がっていた。今はここにブレーキングポイントが置かれ、新線の起点32K810Mを前記に読替えている。
新線は、1968年5月15日に現上り線のみによる単線で開通し、弁辺トンネルからの新旧並列区間の一部で旧線路盤を切り崩して現下り線路盤への転用工事を行い、同年9月25日に複線使用を開始している。

この転用部を除く旧線路盤は、国道37号線から浜高岡へと抜ける町道が旧線と並行した後に踏切で越えていた部分も、一部でこれを利用して新線の下を立体交差する形に改められたことで永く現存していた。
70年代半ば頃にはその地点から現在の噴火湾展望公園の在る丘への登坂路が切り開かれ、そこからの俯瞰が豊浦 (室蘭本線) 1979でのカットである。80年代半ばに至ると、この町道の改修により旧線路盤が崩されて、ここでのそれは判然としなくなってしまった。同時にそこに接していた上記の登坂路の入口も大幅に付け替えられている。この改修工事中の旧線路盤付近からの撮影が豊浦 (室蘭本線) 1988になる。

その小さな社がいつから存在したかは知らぬのだが、確かに上記の登坂路とは別に斜面を辿る草道は在った。この93年になって、そこまでの階段の整備され周囲の樹木の取り払われたのに気がついた。
写真は、その位置からの8001列車<トワイライトエクスプレス>である。
前記の2カットでの特徴的な杉木立が、ここでも良いアクセントになってくれる。画角には、豊浦 (室蘭本線) 1989の「ドライブインみさき」も見える。
カーブの内側は70年代までは畑作地で、その後に耕作の放棄されていた。現在では豊浦町によりパークゴルフ場に姿を変えている。その手の施設では絵にならぬゆえ、ここも失われたポイントではあろうか。

[Data] NikonF4s+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec@f8 Non filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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