"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

豊浦 (室蘭本線) 1988

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道内で国鉄制式塗色のDD51形内燃機が<北斗星>を牽いたのは、その運転開始から半年ばかりの間だけである。
1988年の夏には空知運転区配置車に専用塗色が採用され、それは秋までには同運用に十分な両数を満たし、結局は北海道旅客鉄道所属の全てに及んだからである。
国鉄〜旅客鉄道各社において、1956年の東海道線特急を牽いたEF58を嚆矢として20系固定編成客車による九州特急のEF60/65 500番台に引き継がれた機関車を客車と同色とする施策は、<北斗星>が当時に寝台券の入手難の続く人気列車であったとしても、定員の少ないそれが北海道旅客鉄道の経営に資する程ものではないから、列車自体のプロモウションと云うより会社のイメージ向上や海峡線/青函トンネルのマスコミへの話題提供と継続露出を意図したものであろう。
プランは運行開始前からあったとしても、6月の計画公表、7月からの投入は拙速に過ぎ、綿密な塗色デザインの検討された形跡は見られない。前述の東海道特急牽引機EF58の淡緑5号に黄帯化に際しては第一種列車名票(トレインマーク)のデザイン変更をも含んだけれど、それも顧みられずに単純な青20号塗色に青系統色の<北斗星>列車名票の外観が固定化してしまった。
個人的な好みもあろうが、青15号の20系や青20号の新系列客車列車の先頭に立つ国鉄制式塗色のDD51は、同様の交流/交直流の電機とともに編成のアクセントとなっていただけに残念な思いのするものだった。
加えてこの塗色デザインは、青20号と金帯色との相性の問題と、帯位置より上部の灰色であったボンネット部も同色としてしまったところに居心地の悪さが在りそうである。なによりセンターキャブ機であることの考慮が足りない。なお、1986年度に東京運転区配置の<あさかぜ>運用車が初採用であった24系客車への金帯色は、国鉄の制式色とはならなかった。

写真は、貫気別川橋梁下り方のR604曲線上での1列車<北斗星1号>である。
オレンジ色の機関車に青いトレインマークが良く映えていた。
88年の6月には、<北斗星>ばかりを追って2週間程を道南で過ごしたのだが、梅雨前線が本州北寄りに停滞することの多くて、この地域もその影響で曇天に降雨が続いた。俗に云う蝦夷梅雨である。
機関車次位のスハフ14については、七飯-大沼 (函館本線) 1988に詳述している。

[Data] NikonF4s+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec@f4 Fuji SC42filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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