"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

五稜郭駅前 (函館市交通局軌道線・本線) 1977

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早い時期に無くなってしまったから、函館市民と云えど五稜郭駅前まで市内電車の来ていたことを知る人は少なくなったことだろう。函館市交通局軌道線の本線の北側末端にあたるガス会社前-五稜郭駅前間の廃線は、1978年11月1日のことであった。
戦時中の1943年に道南電気軌道から譲渡を受けて函館市交通局の発足した時点では、ガス会社前が本線の終点で、1954年11月20日に鉄道工場前までの1K260Mが、翌1955年11月27日にさらに五稜郭駅前への390Mが延伸されて、弁天(現函館どつく前)からの本線が全通している。この戦後の開通区間が最初の廃止区間なのである。
その国道5号線沿線には低い軒の住宅が張付いていたけれど、商業地の形成されたで無く、このガス会社こと北海道瓦斯函館工場や鉄道工場こと国鉄五稜郭工場に加えて小規模な工場や物流倉庫の点在する準工業地区であり、観光地としての函館とは無縁であった。

写真は、五稜郭駅前停留所に進入する古豪500型の513。
ここでは複線の合流する分岐器手前の安全地帯の無い路面で下車扱いが行われ、その後に電停まで進んで乗車扱いとなっていた。系統番号の10は、五駅前と駒場車庫前間を函館駅前-十字街-宝来町-松風町と回る系統で、1976年12月にそれまでの循環系統である1系統を五駅前で分割したものであった。
画角右上は、今は立体駐車場に転用されている五稜郭の貨物扱い所である。駅前の数軒の商店も今は全てが失われている。
前方に見える道道347号線との立体交差下には、高名な北海道瓦斯の専用線との平面交差が存在したが、この時期には既に撤去されていた。

余談めくけれど、この専用線は、北海道鉄道の手になる1902年12月10日の開業から1911年8月29日の新線開通による経路変更までここに存在した、かつての函館本線のルートを継承していた。五稜郭構内から直進して国道を斜めに横断していた線形はそのためであり、現在線の函館方に存在するR400曲線は、この変更時に新線の取付けにて生じたのである。
この経路上の函館駅は現在の西警察署敷地と云われており、今でもそこから北海道ガス工場跡までの、すなわち前記専用線終端部までの路盤跡も明瞭に辿れるにもかかわらず、廃線跡探訪的な記事を見かけたことはない。ルートは明確でも、100年を経てそこに在るのは単なる生活道路に過ぎず、確かに「探訪」するには物足りない。

[Data] NikonF2A+AiNikkor50mm/F1.4 1/250sec@f8 Y48filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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