"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

広内信号場 (根室本線) 1980

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始まりは財務上の事由だったろう。古い施設や車両を更新出来なかった小湊鉄道が、それゆえに注目を集める。
近年では、同様にその投資環境を逆手に取って、国鉄〜各旅客鉄道会社で失われた、あるいは失われつつある情景を誘客の手段とする事業者が、地方の中小私鉄に現れている。

実は、「撮影地」も失われつつある鉄道風景のひとつではないかと思っている。
防風柵である。

強風下における運転規制は、86年の餘部橋梁からの列車転落、株式会社という環境下で生じた2005年の羽越線における特急列車転覆などの重大事故を受けて、その都度見直しや運用の厳格化が諮られてきた。
しかしながら、それは旅客の安全確保と引き換えに運転抑止や休止などの増大をもたらし、社会的生産の損失もさることながら、各旅客鉄道会社の経営上からも無視出来ないものとなった。
このため、各社は規制値の低減策として適用区間への防風柵防風壁の設置を進めている状況だが、これら対象区間には、必然的に好撮影地が含まれており、少なからぬポイントが過去のものとなりつつある。

狩勝新線の計画以前から広大な種畜牧場の存在した緩やかな傾斜に大きくU字形の線形を描く、この区間は、雄大さでは勝るであろう旧線が、針葉樹林に囲まれた築堤の大カーブの連続でサミットへと向かい、もし国道38号線があの位置になければ撮影は困難であったと思われるのと対照的な、広々とした開放感がある。
その牧草地から見る空の大きさや、取り囲む丘陵の南側や東側の斜面からはるか彼方まで見渡す俯瞰も、切り取るべき画角は無限とも思えた。一度でも現地を訪れた方なら、ご理解いただけるだろう。

とはいえ、ここは94年の暴風雪による特急脱線転覆の現場でもある。当事者である北海道旅客鉄道の措置は是とせねばならない。
その一方で、広内信号場の上部に開通した道東自動車への工事用道路が残されており、新たな高々度の俯瞰ポイントと思われるが、まだ試してはいない。

列車は、404D<狩勝4号>。石勝線の開業直前、まだ堂々たる急行列車だ。
後方に、俯瞰のポイントだった通称-東山と南山が見えている。列車は、まもなく第一広内トンネルに入る。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor35mm/F2 1/500sec@f8 Fuji SC48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.

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