"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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桂川-石谷 (函館本線) 1994

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今、森市街地の小さな商店街を抜けて駅前を通過する北海道道1028号線(この区間では606号線と重複)は、かつての国道5号線である。現行の国道5号線-森バイパス開通により移管されたそれは、函館本線にとともに富士見町地内まで海沿いを進む。その先で線路の海側に移って鷲の木までの区間も町道として残されるが、湯ノ崎を回る途中で再び山側に戻り蛯谷に至るルートは廃道となっている。
鉄道と道路と、どちらの建設が先行したものか調べ得ないのだが、段丘崖の迫る地形ゆえ双方とも海岸線に沿うルート選択は道理である。(集落もこの海へ下る水流の河口部に発達したから、古来からの交通路もここに在ったはずである。)

ここでの、近年における交通量の増大に対する鉄道と道路の改良工事は、ほぼ同時進行で行われた。国道はバイパスの名の通り森市街地の迂回も含み、鉄道は複線運転化を目論むものであったが、狭隘な用地しか得られず波浪災害にも晒される湯ノ崎区間は、ともに隧道を掘削しての短絡が選ばれた。
先行したのは国道側で、その湯ノ崎トンネル(464M)は1969年に竣工し「森バイパス」が開通した。鉄道の先となれば、一時的にせよ湯ノ崎の蛯谷側で複線線路との平面交差(踏切)を生じてしまうのが、その事由ではないかと推定する。
函館本線には複線断面の桂川トンネル(706M)が新設され、その石谷方で廃された旧国道用地の一部が現行下り線の腹付線増路盤に転用されている。このような事情もあって、国鉄と北海道開発局が摺り合わせた上での同時進行だったのだろう。この区間の複線使用開始は1971年9月21日と記録される。

写真は、桂川トンネルを出る5列車<北斗星5号>。
ここでは上り線が在来位置で、それは海岸線を正確にトレースして湯ノ崎に取り付いていた。国道のトンネルと抗口の並ぶのは、新線の開通後に構築された落石覆いであり、本来の桂川トンネル出口はその奥にある。

この後に湯ノ崎を回る旧線路盤と国道跡を桂川へと歩いたのだが、途中それの波浪にて崩落した箇所の通過には細心の注意を要した。そこが道路が線路と直交して海側へと張出していた、かつての踏切位置である。
5月末と云うのに冷たい雨の一日で、帰り着いた森の待合室では温風暖房機がフル稼働していた。

[Data] NikonF4s+AiNikkor105mm/F1.8S 1/250sec@f8 Non filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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