"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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朱鞠内 (深名線) 1973

shumarinai-Edit.jpg

222である。2222も、22222も居たけれど、やはり桁の少ない方が鉄道車両なら初期車ゆえ有り難味の在りそうだ。
このキハ22の最初のロットの1両は、1958年10月30日に帝国車輛にて落成し旭川機関区に新製配置された。1962年度には名寄機関区へ転じて、宗谷本線やこの深名線に運用されていたのである。

キハ22は、本来はキハ21の後継車としてルーラル線区での運用を想定した形式であったにかかわらず、キハ55/26系列に酷寒地向け形式の用意されなかったから、その投入当初には寒地対応で客扉を車端に寄せ出入台を設けた構造を逆手に、積極的に準急列車に投入されたのだった。当時の道内主要線区における優等列車の無煙化と到達時分の短縮要求は、それだけ強かったのである。その頃には、デッキ構造を持たないキハ21が使われた程であるから、客車並みのキハ22なら上出来とも云えたけれど、キハ55/26が準急用の内地に比べれば格落ちには違いなかった。
それでも、1959年9月22日改正における函館線<かむい>や室蘭/千歳線<ちとせ>の設定は、キハ22の配備を前提にしており、現在の道央都市間連絡特急の原点であったことは記憶されて然るべきである。道内のみの翌1960年7月1日改正では、札幌-網走/稚内間に設定の<オホーツク/宗谷>にも、これの5両編成が充てられ、気動車による長距離都市間輸送もこれに始まることも忘れてはなるまい。
ただ、同改正では水戸機関区から苗穂に転入したキハ55/26系列による<すずらん>が、特急のなかった道内でそれに匹敵する全車座席指定の急行列車として函館-札幌間に運転を開始しており、優等列車らしい大きな窓に整った姿を札幌駅で眺めれば、その格差は一目瞭然で、それが冬期にキハ22編成に置替られると子供心にも無理を感じたものではあった。
これら優等列車運用も、1960年度末から配備の開始されたキハ56/27系列に取って替わられて往くのだが、その絶対数不足と運用区所の関連で永くそれに残存して、やがては「遜色急行」の名を頂くのはご承知のとおりである。

その在籍期間に存在した線区/区間で、キハ22の運転のなかったのは石勝線の楓-上落合信号場間だけであったから(これも記憶に値する)、沿線に立てばその運用列車は必ずやって来た。しかしながら、それを積極的に撮ったのは、組成の長い急行運用のあった釧網本線の標茶以南区間くらいだろうか。幹線筋の短編成の普通列車なら本番前の画角確認の程度であり、シャッタを切らずにやり過ごしたことも多い。加えて、蒸機がいなくなってそれしか運用の無くなった線区には、あまり出向かなくなっていたゆえ、これの写ったカットは思いのほか少ないのである。
けれど、撮影地点への移動には必然で、排気管のあるところの座席か縦型機関にて床に点検蓋のある近くを選んで乗り、アイドリングではカランコロンとあくまで軽く、勾配にかかれば重た過ぎる程のDMH17系列の機関音を楽しんだものだった。
防腐剤の染み込んだ木製の床材、初期車に残っていた白熱灯照明に、点検蓋から漏れ来る油臭さと車内に撒かれた消毒液の入り交じった匂いがキハ22の記憶である。

このキハ22 2は、永く名寄機関区に在籍した後に1985年3月改正にて運用を離脱、同時に旭川機関区に転ずるも休車の続いて、1986年3月末日付にて用途廃止が公示された。

写真は、深川からの921Dで朱鞠内に終着したキハ22 2。9時30分発の926Dで折返して往く。
眩しい程の雪晴れの朝であった。

[Data] NikonF photomicFTN+AutoNikkor50mm/F1.4 1/500sec@f8 Y48filter Tri-X(ISO400) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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コメント

こんにちわ。

にーにーにですね(^^)
目が四角でヨン丸くんよりも
かわいらしいお顔ですね。

鉄道もむかしっから
雪と戦ってきてるんだなぁと
実感させられる絵です。

見事にボディのコンタのとおりに
雪がよけられていますね(笑)

  • 2013/03/09(土) 14:55:45 |
  • URL |
  • An #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

Anさん、こんばんは。

1950年代の内燃動車に対する前頭形状の標準設計です。
元来非採算線区への投入が前提ですから、製造上の簡略化を意図したものと思われます。
そう云えば、映画撮影に際してキハ40をこれに似せて改造したクルマがありましたね。
高運転台を存置したそれは、どうしてもゲテモノにしか見えませんでしたけれど。

  • 2013/03/11(月) 01:50:44 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

ぽっぽやキハ

こんばんは。

映画撮影用キハはその醜悪さに思わず笑ってしまいましたね。
キハ22を復活させる位の気合は欲しかったですねえ。
原作ではキハ12でした。映画の時代感からすると妥当でしょうね。

映画のラストで小林稔侍が運転席に座るシーンのみ、旧茨城交通のキハ11を使ったそうです。
スタッフのせめてもの拘りでしょうか。

  • 2013/03/15(金) 23:22:27 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: ぽっぽやキハ

こんにちは。

そうです。モデルはキハ12でしたから側窓をバス窓風に設えていましたけど、
サイズのバランスが悪いし裾絞りの拡幅車体には陳腐なだけでした。
当時、まだ湊線にいたキハ11を借受てトレーラとしてでも走らせる手はあったはずですが、
国交省との越えねばならぬハードルが高過ぎたのでしょう。
これが米国であれば、瞬く間に特認なのでしょうけれど。

  • 2013/03/16(土) 13:11:47 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
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