"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

張碓-銭函 (函館本線) 1978

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冬期間、函館本線の山線と呼ばれる区間での風雪による輸送障害は、山間部よりも寧ろその中での海線である小樽築港-銭函間で生ずることが多かったと記憶する。現在の民営会社と異なり、国鉄は余程で無い限り列車を止めはしなかったのだが、海岸線をトレースするここでの暴風雪には脆かったのである。

この冬か、前の年であったかは忘れてしまったのだけれど、午後からの降雪が夕刻に至って、丁度撮影を終えたあたりから極端な吹雪と化したことがあった。風雪は飛礫となって露出した顔面を襲い、まともに前を見れぬ程で、マウンテンパーカのフードを深く被り、こんなこともあろうかとパックに用意していた山岳用ゴーグルをかけるのだが、高所での紫外線対応で暗緑色ゆえ、暮色の視界がさらに暗くなってしまうのが難点ではあった。
這々の体で銭函駅待合室に逃げ込み、そこで小樽-手稲間の運転見合わせを知った。そう言えば、ここに至るまで列車には出くわさなかった。
その日は道内ツアーの最終日で、山線夜行の荷44列車で函館に向かう予定にしており、それを札幌まで迎えに往くつもりを、ここで待てば良いと最初は高を括っていたのだった。海鳴りとも風音とも知れぬ唸りが天空を覆って、海側を向いた待合室の窓と言う窓は、横殴りの風雪に塞がれてしまったのだけれど、ストーブの燃えるそこは快適ではあったのである。但し、売店は早仕舞いしていた上に外にも出れぬから空腹は堪えるしかない。
19時を過ぎても風雪は一向に収まらず、札幌に待機していた<ニセコ4号>と、まもなくそこに到着する<北海>は、長万部以遠本州方面旅客を<おおぞら6号>に移乗させた上で前途を運休と出札の駅員から知らされれば、札幌からの夜行<すずらん>への切替を考えるも国道を往くバス便も運行を停止していると云う。

駅寝も覚悟し始めた23時を回った頃、遂に運転は再開され、何本かの電車や気動車が満員の通勤客を吐き出した後に、荷44列車はその日の最終列車としてやって来たのであった。ガランとした客車に乗り込んだ時には安心感からか、空腹も厭わず直ぐにも眠りに落ちてしまった。直近の小樽停車すら覚えていない。
翌朝、周囲のざわめきに目覚めると、満員の乗客の姿が見えた。遅れを増して函館の通勤通学時間帯に割り込んだ列車は、約3時間延で8時過ぎのそこに終着した。予定した26便には乗れなかったけれど、ホームの駅蕎麦の美味しかったことは記憶に鮮明だ。

写真は、激しい降雪の恵美須岩を往く833列車岩見沢行き。
視程が効かず望遠は使えない。

[Data] NikonF2A+AiNikkor50mm/F1.4 1/250sec.@f5.6 Y42 filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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コメント

こんにちわ。

小樽-札幌は大幹線、
今はこの間の荒天が原因による運休は
ほとんど聞かれません。
確かに波かぶりも多くて
昔からきびしそうな区間ですよね。

いま時期はまさに冬の日本海ったらこれだ!
といぅような高波が車窓を占めています(^^;

  • 2013/03/02(土) 14:38:12 |
  • URL |
  • An #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんばんは、Anさん。
いつも、ご訪問ありがとうございます。

この日本海沿い区間での運転抑止は波浪によるものと云うより、遮るもののない暴風雪下での
信号機の確認不能がその事由です。
石狩湾は水深の在り、またここはご存知のとおり砂浜でなく、岩礁でもなく、岩石の海岸ですから
波浪の減衰効果が在ると聞きました。確かに、テトラポッドの設置はあまり見られません。
それでも、荒天時にここへ立てば防波壁のそこまで高波の押し寄せていますね。
北海道旅客鉄道の最重要幹線の一角ですから、そのウィークポイントに違いはなさそうです。

  • 2013/03/03(日) 23:43:51 |
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  • Wonder+Graphics #-
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