"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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苗穂-白石 (函館本線/千歳線) 1991

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豊平川橋梁(217M)苗穂方のR400曲線を抜ければ、ほぼ直線のこの区間は、千歳線列車運転線を含む複々線の続いて引きも取れ、札幌往来の列車写真には定番の区間である。橋梁の架替に際して生じた短いR800の反向曲線がアクセントを添えている。
加えて、複々線の南側には白石構内から線路を撤去した路盤が続き、画角に余裕を与えてくれていた。
ご承知のとおり、1968年10月1日の新札幌(現札幌貨物ターミナル)の開業に際して、東札幌から白石を経由しての連絡線として敷設され、1986年11月1日に東札幌とともに廃止された貨物運転線跡である。開業当初は千歳線に所属したが、それの白石接続に経路の変更された1973年9月9日を以て函館本線の支線とされていた。

実を云えば、この路盤の白石寄りの一部区間は、戦時の不要不急路線として1945年3月1日に東札幌から白石までを廃止した定山渓鉄道のそれを転用したものであった。この鉄道は、札幌在住者には一般に千歳線の苗穂までを直流1500Vで電化して乗入れていた郊外私鉄と認識されているけれど、1918年の開業時の起点は白石だったのである。
そこに市街地の形成される遥か以前の廃止にて、その痕跡は残っていないが、現在の札幌コンヴェンションセンタ南側の道路がその一部と何処かで読んだ記憶が在る。けれど、1948年4月に米軍の撮影した空中写真に廃線跡を追えば、その敷地に、即ちかつての東札幌の貨物ホーム位置に取り込まれているように見える。

写真は、行啓通り踏切の白石寄りからの回8022列車。白石から札幌運転所までの<カートレイン北海道>編成の回送である。真夏の昼近くならば、光線は強烈なトップライトに荒れてしまう。
白石で客扱いと自動車の取卸しを終えた編成は、折返し整備のため一旦札幌所まで送られていた。その際の運転線は勿論この函館上り線である。白石据付けの下り回送は、千歳線上り運転線(下り線)が経路であったけれど、それでもそこで千歳線下り運転線と函館上り線の横断を要していた。

最近に、この行啓通も跨線橋にて立体化され、この区間での立体交差は3箇所となって撮り難くなった。豊平川付近に撮影者の集中する所以かも知れない。

[Data] NikonF4s+AiNikkor105mm/F1.8S  1/500sec@f8 Fuji SC52 filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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