"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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二股-蕨岱 (函館本線) 1981

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以前、ここに「この幾度もの道内通いで鉄道の無いところへは行かない(行っていない)」と書いた。
けれど、白状すれば二股温泉には泊まったのだった。長万部川の谷を、そして二俣川の山間へ分け入ること10キロだから、これは鉄道の無いところの範疇だろう。

その始まりは知らないが、70から80年代に国鉄がリリースして駅待合室の掲示板などに貼り出されていた「国鉄ニュース」と云う広報ポスターがあった。確か月刊だったと記憶する。どこの駅で見かけたものか、道内ではなかったと思うが、この頃のそれに、秘湯の文字とともに二股温泉とそこの石灰華ドームが紹介されていたのであった。
恥ずかしながら、その際には「石灰華ドーム」が何たるかなど知らぬゆえ、そこの外湯のドーム型の屋根をそれと勘違いして、そこをくり抜いて風呂のあるものと思い込んでしまい、その強力そうな色合いの泉質も気になって、ならば一度と宿泊を計画したのであった。なにせ「秘湯」である。雪に埋もれる冬場が良かろうと。

上目名で102列車<ニセコ>を押さえてから後続の121列車にて二股へと向かい、そこから翌日の102列車までをオフにして、宿の送迎車を待った。
谷を遡って到着したそこは、鄙びた建物の一軒宿の温泉場で、それは温泉旅館ではなくて完全に湯治場であった。一軒だけの湯治温泉は珍しくは無く、内地の例だと旅館部と湯治部と建物が分かれ、宿泊や食事内容も異なったりするものだけれど、ここにそれはない。
早速の、いくつもある湯舟めぐりで前述の勘違いに気づいて、改めて眼前の赤茶けた巨大な岩が、しかも石灰華ドームのほんの先端部と知ったのだった。けれども、湯舟が石灰華の地盤を掘り抜いて造られているのは本当で、いたるところの茶褐色の様は異境のごとくに思えたものである。
この時は重さも厭わずに栗山小林酒造の「北の錦」四合瓶(この当時なので、残念ながら一級酒)を持ち込んでいて、古くて隣室の声などまる聞こえの部屋で、それも肴に至福の夜を過ごした。夕食時に手に入れた石灰華のこびり付いたボトルを徳利代わりに、露天風呂でぬる燗をつけながらも呑ませてもらったのは、云うまでもない。

翌日は、風の強くて吹雪模様の降雪となった。視程の効かぬ中、102列車<ニセコ>が音も無く雪を蹴って滑走して往く。DD51重連のシルエットだけで、それと知れる列車はあまり無い。14系客車に置替られてまもない頃である。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec@f5.6 Fuji SC42 filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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