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"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

厚賀-大狩部 (日高本線) 1984

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太平洋への日没を見る、国内でも特異なロケーションを走るのが日高本線である。
けれど、その車窓は静内を境に異なり、そこまでの海岸段丘と海岸線の間でのルート選定は、その先では急峻な日高山脈の南端が海へと落込む地形となって、内陸へ谷沿いに迂回して小さな峠を越え再び海沿いの集落に至る線形を繰り返す。蒸機撮影の時代には多くの撮影者を集めた区間では在ったが、それが力行する以外には取り立てての撮影地点の存在した訳では無かった。

内燃動力の時代となって、太平洋を望む鉄道風景となれば必然的に前者で、日高門別川河口から静内川河口に至る間の海岸段丘が海に迫り線路を海岸線へと押しやる区間になる。中でも、ここ厚賀から大狩部までは、並行する国道は段丘上を通過していて鉄道だけの画角が切れる。
後に鉄道屋には良く知られた地点となるここは、急峻な段丘崖の高さと波涛の迫る海岸線で、同じ段丘風景でも音別あたりの穏やかなそれと異なり切迫感がある。息を呑む景観と云って良いだろう。
国道からは、段丘上の牧草地を延々と横切らねば到達出来ず、単なる観光旅行では得られぬ風景である。

列車は704D<えりも4号>。
1959年6月7日に札幌-様似間の臨時準急として設定され、63年6月1日改正での定期列車格上げを経て66年6月1日改正で<日高>統合と増発により3往復化、編成も75年3月10日改正以降にはキハ56/27による3両を所定とするまでに成長していたのだが、85年3月14日改正で所定をキハ56の2両とするも実際にはキハ40の充当されて遜色急行の仲間入りをし、翌86年11月1日改正にて廃止されてしまった。今は、都市間バスがその使命を担っている。
これの運転で特徴的なのは、室蘭本線急行と併結していた苫小牧-札幌間にあった。下りの(千歳線内は上り列車)様似行きは、室蘭線列車の後部に併結の上苫小牧の日高線本線(1番ホーム)に到着して解放されていたのだが、上りの札幌行きについては日高線から室蘭線の下り本線に直接入線出来ない構内配線の都合から、一旦室蘭方に引上げての転線を要し、下り室蘭線急行へは前部併結と後部併結の例が存在したのである。室蘭線急行の到着を待たせての前部併結は札幌到着編成をそのまま上り<えりも>に折返す際の工夫であろうか。苗穂区の急行形気動車の運用を複雑化させる要因のひとつであり、運転計画/運用ともに注意を要する列車だったのである。
余談になるが、室蘭線急行の特急格上げにより単独運転となって以降の札幌行きは、苫小牧を到着した日高線本線から発車し、苫小牧(貨物)構内の渡り線を使用して室蘭下り線に転線していた。これも特筆される運転かもしれない。

[Data] NikonF3P+Ainikkor180mm/F2.8ED 1/500sec@f8 FujiSC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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