"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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細岡 (釧網本線) 1980

hosooka_02-Edit.jpg

湿原の撮影で、冬が良いのはそこに踏み込めるからである。
線路際でなければ俯瞰場所の斜面や丘陵ばかりを探す夏と違って、何処へでも往けた。
この細岡から15分ばかり歩いた中丿沢川出口の陥入部を渡る地点も、ふかふかで踏めば水の沁み出す地面は凍土となって靴底への感触は固い。
線路の盛土にて分断された内側には、ハンノキの疎林が点在して枯れたアシ原の単調さに良いアクセントとなってくれていた。そこが過湿地である証のように。

このハンノキは、湿地や沼沢地に自生してそこに森林を形成する希有な樹木である。樹齢が進めばかなりの大木ともなる。ただし、繁殖は種子によるからまったくの水中から育成する訳ではない。近年、ここを列車にて通過すると明らかにハンノキ林は面積を拡げており、丘陵寄りでは水路の水辺に集中しているように見える。
自然の摂理とは云え、堆積に依る乾燥化に水位の低下の進んでいるのだろうか。

細岡の駅については、前に細岡 (釧網本線) 1984で書いた。追記すれば、この頃に駅前に在った数軒の農家は一つ残らず無くなり、細岡会館の建物だけが廃屋となって残されるのみである。すなわち、周辺は無人の原野へと還ったことになる。もともと、東側の丘陵上に開かれた開拓地の交通確保に、そこに最も近い位置に設置された駅であり、ここに集落のあった訳では無い。開拓地に道路の整備されれば顧みられる駅ではないのである。今、ここに降り立つのは、隣駅釧路湿原の喧噪を嫌うほんの一握りの観光客だけであろう。

写真は、湿原を渡る盛土区間を往く611D<しれとこ3号>釧路行き。
根室標津を9時05分に326Dとして出た2両目のキハ22が、中標津にて1両目のキハ22の後部に連結され、ここから9時44分発の急行の4611Dにて標茶まで走り、ここで北見を7時25分に発車した3・4両目のキハ27+キハ56と併結して釧路を目指すのである。標津線内も急行運転していたのは、これと上りの<しれとこ6号>のみで、その停車駅は西春別に計根別であった。けれど、同区間最速の普通列車との所要時分は僅かに5分に過ぎない。

[Data] NikonF3+AiNikkor28mm/F2.8 1/250sec@f8 Nikon O56filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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