"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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豊浦 (室蘭本線) 1991

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1988年の春に本州連絡の寝台特急が走り始めると、幾度か降り立っていた豊浦に宿泊を要することになった。早朝の下りのそれに、長万部や東室蘭から始発の移動では間に合わないのである。
以来、海岸町の民宿美音(みね)をここでの常宿にしていた。きっかけは、失礼を承知で書けば、この頃の豊浦市街地に在った6軒の旅館/民宿に予定したポイントに近い順番に電話を入れたのだけれど、満室とか、食事は用意出来ぬとか、休業中とかの事由で断られてしまった末のことであった。
豊浦旅館の向かい、と案内されて訪ねたそこは、格子の窓が通りに面した古い建物で、勿論民宿経営を前提に建てられたもので無く、それが幾つ在ったものか分からぬが、空き部屋を転用した全くの民家であった。迎えてくれた気さくな老主人には、まだそれを始めて間もないと聞いた。
黒光りする廊下の玄関脇の部屋に通され、その後に何度泊まってもそこばかりだった。客室がこれしかなかったものか、朝が早いと申告していたゆえの玄関脇であったものかは聞き漏らしている。畳の打ち直され掃除も行き届いた部屋の居心地は悪く無く、連日の撮影のことや悪天の予報されていた翌日を休養日にするつもりと話すと、昼間から風呂を焚いてくれ、まさしくゆっくりとさせてもらったのだった。
その風呂は家庭の浴室そのものだったのだが、翌年には民宿用の浴場を新築して、予約の電話を入れた際には昼風呂の一件を覚えておいでだったものか、それを盛んに自慢していたのが印象に残っている。

その後、室蘭か苫小牧か失念したが、そこで教員生活を定年退職なされたご子息夫妻が経営を引き継ぎ、建物も民宿向けに建て替えて、ここは現在も「民宿みね」として盛業中である。

写真は、貫気別川橋梁からの築堤上の3列車<北斗星3号>。
礼文華海岸の断崖を背後に見る、この画角は豊浦のポイントの中でも好きな光景だ。
運送会社に断りを入れての、その敷地からだったけれど、今では手前に豊浦町の下水処理施設が稼働していて邪魔をする。

[Data] NikonF4s+AFNikkor105mm/F1.8S 1/250sec@f8 Fuji SC56filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
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