"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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塩狩 (宗谷本線) 1985

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鉄道に並行するバス路線は、当然に存在していて、函館バスの長万部線と国鉄バスについては前に触れたことがある。
[番外編 7] 江別駅前 (国鉄自動車空知本線) 1983 / 落部 (函館本線) 1996

それは、列車設定の合間を縫っての移動が可能であったり、撮影地近隣で乗下車出来る利便性などから、随分と調べていた。インタネットなぞ無い時代ゆえ情報源は、道内旅行に必携だった弘済出版の「道内時刻表」に日本交通公社の「北海道時刻表」である。社線ペイジに記載されるバス路線の選択は両誌とも大差なく、勿論全ての路線を網羅していた訳では無いけれど、必要とする情報は大抵そこから得られた。

倶知安峠の行き来に使えた倶知安-ワイス温泉-小沢間のニセコバス、留萌十字街を基点に増毛方面/鬼鹿方面に移動出来た沿岸バスに道北バス、網走から網走湖畔や原生花園に降りられた美幌-網走-斜里間の網走バス(北見発着の北見バスも在った)などは、列車本数の少ない中で利用価値の在る路線であった。
せっかくの並行路線であるのに、運行頻度の極端に低い路線も多かったけれど、行動スケジュールに合えば重宝したものでもある。石勝線で占冠への引上げ時間帯に運行のあった占冠村営バスや、遠軽から湧網線の芭露に出れた北見バスなどである。

その地理的な位置から夜行急行の移動に不適で、旭川に前泊を要した塩狩峠へも旭川-士別-名寄間の道北バスを利用していた。それだと塩狩到着が早過ぎる宗谷線の始発と8時過ぎの次列車の間をバスが埋めていたからである。
急行便を選べば、所要時分は列車と大差なく、その50分余りは列車に揺られるばかりの中で良い気分転換になっていた。

写真は、塩狩での定番ポイントである旭川起点27K付近のR250曲線上の303列車<天北>。
急行列車とは云え、重い機関音に雪道を実にゆっくりとした速度で登って来る。20パーミルの勾配もあるけれど、DD51はこの先の宗谷本線最急のR195曲線に40km/hの速度制限を受ける。

[Data] NikonF3P+AiNikkor50mm/F1.4S  1/500sec@f11 Kodak No,12 filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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