"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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沼ノ端 (千歳線) 1993

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原野を背景に植苗-沼ノ端間で展開する千歳線の室蘭本線との分岐/合流は壮大と云って良い。大宮北方での東北/上越新幹線にはスケールで及ばないが、在来線で比肩し得るのは北陸本線と湖西線の近江塩津くらいではなかろうか。但し、こちらは山間地にて隧道がいくつも介在して、その規模は見え難い。
ここでのスケール感のひとつには、千歳線の下り線が、その上り線や室蘭本線から大きく東に迂回するところにあるが、それは用地や設計上の事由からではない。本来、これが別の私設鉄道であった故である。

その私設鉄道こと北海道鉄道は、室蘭本線上の既設駅である沼ノ端を起点に富内までの金山線を開業した後に、第二次路線として苗穂までの札幌線を一挙に開通させた。1926年8月21日のことである。その路線は沼ノ端の東方で金山線から分岐して北に向かい、高度を上げながら左転の後、室蘭本線を乗り越して台地に取付き、次駅植苗に達していた。これが今に残る千歳線下り線の線形である。この鉄道が沼ノ端で構内南側に乗入れていた関係から必然の路線選定で、千歳線となった今日では、期せずして沼ノ端構内での本線横断の回避に寄与している。
対して、5キロ近くを室蘭本線の複線と並走して3線区間を演じた後に左に逸れる上り線は、1969年9月25日に使用を開始した増設線である。これを以て北広島-沼ノ端間の複線化が完了している。
室蘭本線の路盤に腹付けしての線路増設は、戦時中に一度計画/着工され、その後に放棄された経緯がある。現在線は9.8パーミル勾配の盛土を構築して植苗の台地に取り付くのだが、この計画線では台地の切取りに依っており、その土木工事跡が今でも地形図で読み取れる。現在線脇に続く「掘割」の記号がそれである。けれど、現地に赴くとそこは樹木に覆われ、崩壊もあったものか判然としない。

写真は、下り線の合流点に差し掛かる8002列車<トワイライトエクスプレス>である。
沼ノ端構内における実際の列車振分けは、上り列車を長万部方の、下り列車を岩見沢方の分岐器が担っていて、下りが室蘭本線と千歳線で乗降場を供用するに対して、上りのそれの別であるのはご承知のとおりである。これは、北海道鉄道線が室蘭本線上り線側に乗入れていた名残と云えようか。
さらに付言すると、写真の列車後方にS字形の反向曲線が見える。これは、金山線の廃止後に(廃止時は国鉄富内線)、そこからの千歳線分岐部と沼ノ端進入部の曲線改良に際して生じたものである。

なお、ここでの千歳線上下線は、苗穂を起点として記述している。苗穂は現在でも施設上の起点に変わりはない。

[Data] NikonF4s+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec@f8 PLfilter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.

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コメント

こんにちは。
2つの路線が分かれて行く駅にも様々な姿がありますね。歴史のお話、興味深く拝見しました。
上野から常磐線の列車に乗りますと、日暮里を出た途端に貧弱といいますか、都市の鉄道ではあるのですが急なカーブを揺れながら走って行く様子は、堂々とした東北「本線」に対して枝分かれして行く感を体感させてくれます。
一方で、新幹線に乗っていても、大宮で2路線が分かれてゆくことは、余り意識されないくらいかもしれません。
沼ノ端にやってくる室蘭本線の旅客列車は、短い編成の気動車ばかりですが、今日もスケールの大きな線形を淡々と走っていると思えば、また旅に出たくなります。
お写真も楽しませて頂きました。
今後とも、宜しくお願い致します。
<a href="http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc" target="_blank">風旅記</a>

  • 2016/04/22(金) 14:29:22 |
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