"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

豊浦 (室蘭本線) 1974

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鮭の遡上する川、貫気別川である。

この秋の渡道は天候に恵まれずにいて、この日降り立った豊浦も背後の低い山々は雨層雲下層の霧雲に巻かれ、せっかくの噴火湾だけれど、海や空を画角にすれば白く飛んでしまうゆえ、ポイントは高岡のカーブに決めていた。市街地を抜けて、通りかかった貫気別川の橋から川面を見れば、遡上する鮭の姿があった。
群れと云う程では無い。時折上流方向へと泳ぎ去る大きな魚影を鮭と理解するまで、些か時を要した。噴火湾の最奥部に位置する河川とは言え、もうそれの始まる季節だったのである。前日来の降雨にて多少水嵩の増した流れを上る姿にしばし見とれていた。

ところで、鮭の回帰する母川の条件とは何か。水量とか流域延長などは関係するのだろうか。と云うのも、はるか以前にオホーツク沿岸の、それこそ小川以下の流水で鮭の姿を見かけたことがあるのだ。シロザケ/カラフトマスの仲間は回帰性が多少弱く、母川の確認に付近の幾つかの河口に一旦泳ぎ入ると聞くゆえ、その行動だったのだろうか。

PLfilter にて水面を覗き込まねば、それは捉えられず、まして列車との組合せなど困難だけれど、その流れだけでも撮ろうと河口側へ向かうと、細いロープひとつで流れに抗がう小舟があった。

列車は、4D<おおぞら2号>。
旭川からと釧路からの編成を滝川で併結した堂々の13両組成である。釧路編成は食堂車を含む7両だが、運用上は付属編成となり根室本線内では4004Dを名乗っていた。
この道内での80系気動車の2編成併結による最長編成は、1964年10月1日改正で設定(急行格上げ)の函館-釧路・網走間<おおとり>にて実現し、70年10月1日改正による網走<おおとり>の分離にて一旦消滅するも、72年3月15日改正での旭川発着<北斗>に釧路編成を増発しての<おおぞら>への列車名変更に際して再登場した。写真の旭川編成が旧<北斗>の後身である。
この頃1D・2D<おおぞら1・3号>も函館-札幌間にて札幌回転車3両を含む13両組成であった。

[Data] NikonF photomicFTN+AutoNikkor35mm/F2 1/500sec@f5.6-8  Y48filter  Tri-X(ISO400)  Edit by PhotoshopCS3 on Mac.

道内の撮影と一体で、青函を渡る前に訪れた幾つかの線区の鉄道風景のブログを書き始めています。
更新頻度は低いかもしれませんが、本ブログの姉妹編にして、その内地版とも云えるものです。

Monochrome Days 70's/80's

こちらにも、お立ち寄りいただければ幸いです。
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