"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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森 (函館本線) 1989

mori_04-Edit.jpg

足の遅い車扱貨物列車の大幅に整理された1984年2月改正を経ても、ここ40年あまりでの五稜郭から森までの各駅の構内配線の変化は意外な程に小さい。各駅とも貨物積卸線は廃されたものの、桔梗の中線の使用が停止され、池田園と尾白内で交換設備が撤去されたくらいである。渡島大野の側線が整理されたのも加えて良いかも知れない。
アジア太平洋戦争末期の青函への物資輸送の転換や戦後の高度成長経済にて増大した旅客/貨物輸送の道内各方面との列車集中に対応した設備は、それが函札間特急列車の頻発運転や本州直通コンテナ貨物列車の動脈となった現在でも有用なのだろう。

ここ森でも、海側側線群の最も外側の一線が撤去された他には変わりがない。そこへの客車編成の留置は無くなったけれど引き続き気動車の姿があり、乗降場に接しない上りの退避線も健在で、貨物列車が入線して特急に先行を許している。
第一第二乗降場間の中線路は、停車列車を乗降場側に到着させての通過列車の運転線、すなわちこれが森駅下り本線である。これを下り退避線と使えば、上下とも2本列車の退避/客扱いが可能で七飯からの八の字形状の別線による複線機能区間の北の結節点として、それに欠かせぬ配線なのである。これからも大きな変化は無いものと思われる。

写真は、森を出発して往く8101D<ニセコ>。かの山線急行101・102の後身である。
1986年11月改正で予定臨8101・8102に格下げされたものだが、客車列車での運転実績は一度も無く、1988年3月改正でダイヤ上も気動車のスジとされていた。定期列車当時にもその末期には4両組成であったから、気動車の3両に定員の大差はないけれど、全車非冷房の臨時急行はあまりもに落ちぶれた姿に見える。
この森でも、先着した643Dが下り1番線(1番ホーム)で684Dの分割作業を行っている関係から、優等列車にかかわらず中線(2番ホーム)の着発に追いやられていた。
室蘭本線経由の臨時特急に取って代わられ、93年3月改正にてスジ自体が消えた。

[Data] NikonF4s+Distagon 28mm/F2.8 with Adapter 1/250sec@f11 FujiSC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
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コメント

こんばんわ。

跨線橋?からただ撮っているのに
なんなんでしょう、すごく空間がひろく感じ
とてもふだん通りすぎてしまう森駅には見えません!

広い駅なんですねー

  • 2013/04/13(土) 19:04:17 |
  • URL |
  • An #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんばんわ。Anさん。

そのとおりに、何でも無い風景ですので、
目一杯誤摩化させていただいております。汗

  • 2013/04/15(月) 00:32:19 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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