"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

厚賀 (日高本線) 1985



簡易線規格の線区向けに投入されたDD16は、84年2月改正での、それら線区の貨物列車の廃止により、そのほとんどが運用を失い余剰となっていた。
北海道内でも84年年度末の時点で、大半に用途廃止前提の休車措置がとられ、稼働車は8両のみであった。
これらとて、DE15の入線出来ない線区向けの除雪用名目で残されたものだが、実際には排雪モーターカーで代替され、実質的に保留車ないし休車同然の状態に置かれていた。
時折運転される、かつての運用線区での工臨列車の牽引が唯一の本線仕業だった。
国鉄の動力近代化と激変した輸送市場への対応とのタイミングの狭間の生んだ悲運の機関車と言うべきだろう。

太平洋の海岸線を走る日高本線は、必然的に河口への長大な架橋の例が多い。
流路の一方を海岸段丘に遮られた厚別川河口の橋梁は、そこからの直近での俯瞰がとれ、蒸機運転の時代から度々訪れたものである。
この位置から背後の斜面を少し登ると、段丘の迫り出した海岸線をトレースする日高線をはるか彼方まで俯瞰出来る、よく知られたポイントになる。
鉄道写真屋の特権だろうか、通常の観光旅行では見られない景観だ。

85年夏に宗谷/天北線急行の増結運用の撮影目的で渡道した折、工臨運転の情報を得て急遽日高線に向かった。
列車は、工臨9831列車。遠く様似までの運転。折り返しの上りは翌日の運転とあって断念した。

当日の夜行に乗車すべく到着した札幌では、コンコースに設置のテレビが、日本航空123便の行方不明を伝えていた。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor28mm/F2.8 1/500sec@f8 Y42filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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