"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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沼ノ端-遠浅 (室蘭本線) 1968

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その昔、世に言うSLブームの時代である。『蒸気機関車』なるそのものを誌名とした雑誌が刊行されていた。
現在でも中古本市場にて比較的高価で取引があり、ご存知の方も多かろうと思う。映画情報誌で知られるキネマ旬報社による発行は、鉄道好きで高名な脚本家の関沢新一がフィクサーとして同社の旧知に働きかけた結果と思われ、そのまま創刊時の編集長を務めている。1967年9月にキネマ旬報の増刊として創刊され、これの4号から独立した月刊誌となるも、68年夏からは季刊誌と体制が改められた後に、71年の新年号より奇数月発行の隔月刊とされ、81年7月号で終刊となるまで計83号が刊行された(増刊/別冊を除く)。

手元には、その全てでは無いけれど、それなりの冊数を保有している。
今にめくり返してみれば、全体の構成からページ割りに至るまで編集には古めかしさを覚え、印刷の技術水準も比するべくもないのだが、誌上に発表された作品群は今もって新鮮である。
毎号そこには、先輩諸氏の個人なりグループによる10ページ程を費やすテーマ性を持った作品が、2〜3本掲載され、写真機を片手に線路端に立つばかりの新参者は多いに刺激され、また影響も受けたのだった。
60年代後半と言う時代からは、紀行色や叙情性よりもそれらを内包したドキュメンタリィに軸足を置いた作品が大半であり、美術手帖の写真映像特集を覗き見しては、東松照明や森山大道に、撮らない写真家中平卓馬に心酔していた身には共感を多とするものでもあった。
写真技術習得の王道である「模倣」に従い、それらからは鉄道光景の見方(とりもなおさず画角そして時間の切取り方である)、光線の取込みに扱い方から表現のテクスチュアに至るまで、随分と学ばせていただいた。

当時は、将来の職業写真家を考え始めた時期でもあったのだが、思う程に鉄道写真の門戸は狭く、これも撮り始めていた友人のバンドの記録写真をきっかけに、結局は音楽関連の方面に進むことになったのだった。
この頃の鉄道写真には、コマーシャルに広田尚敬、国鉄の専属に諸河久さえ居れば十分だったのである。

写真は、晩秋の斜光線を背にヤマへ帰る5799列車。苫小牧操車場から夕張線清水沢までの石炭車の空車回送列車だった。
季節も場所も異なるけれど、これも『蒸気機関車』誌所載作品にインスパイアされた「模倣」である。
背景はウトナイ湖。
(※文中敬称略)

[Data] NikonF+P-AutoNikkor5cm/F2 1/250sec@f8 Y48filter NeopanSSS Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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コメント

蒸気機関車

こんばんは。

月刊「蒸気機関車」、皆古本ですが何冊か持っていました。

SLは遠い時代の事と斜に構えて見るしかありませんでしたが、

撮影ガイドや、SL全廃後ネタに困ったか地方私鉄などの特集が目当てでした。


模倣はともかく、寂寥感の漂ういい写真です。

  • 2012/09/29(土) 00:06:48 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

こんばんは。

ありがとうございます。
地方私鉄ネタは、創刊直後から掲載されていたのですよ。
このカットの元ネタも、確かKEMURIプロの手になる
頸城鉄道のコッペルを題材とした作品です。
確認しようと探したのですが、どうしても掲載号が見つからない。

  • 2012/09/29(土) 01:09:30 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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