"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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銭函 (函館本線) 1979

zenibako-Edit.jpg

浜番屋に執心していた頃である。黄金 (室蘭本線) 1979
銭函の上り方、函館本線が海岸線に出る辺りにそれは連なっていた。目の前の海岸に、石狩湾に向かって、では無い。
ここの番屋群は、皆小さく「番屋」と云うより「漁具置場」そのものなのだが、それは線路の海側ばかりでなく、山側にも在って、しかもどれもが線路に向けて戸口を設けており、その犬走りが出入りの通路なのだった。即ち、これらは鉄道用地に入り込んで立てられ、明らかに鉄道営業法(明治33年3月16日法律第65号)の第35条に抵触している。本来なら、鉄道側が許可するはずも無いのだが、(ここでは触れないけれど)これには歴史的な経緯が在って黙認していたのである。
線路に迫る番屋は雑多に立てられ、その間には無造作にモノが置かれていて、1キロに満たぬ距離ながら高速高頻度運転のなされる複線電化幹線の通過環境としては、極めて特異な光景と云って良い。
これを表現しようすれば、やはり素直に写し撮るしか無い。

列車は535D、小樽からの札幌行き。キハ21を先頭にキハ27-キハ22-キハ46と、見事に異形式が続く。
この当時にしてみれば当たり前のことで、気動車の普通列車運用は形式を指定せず、一台機関か二台機関か、両運転台か片運転台かのみを条件としていたゆえである。苗穂機関区によるこの運用で云えば、それは機関の一台搭載車による片運転台車と両運転台車の2両編成を単位に組まれていた訳である。

今は、電車列車ばかりのこの区間だけれど、この頃には、711系のみならず、客車列車に気動車列車、機関車もED76にDD51と、実に多様な車両/列車が運行されていたのである。
札幌近郊区間での近距離列車運行は、千歳線が非電化ゆえに気動車列車が主体で、それは同時に711系電車の絶対数不足を補うものでもあった。これの充足されるのは80年度の同線電化対応による増備以降のこととなる。

さて、ここの前磯での漁獲とは何だったのだろうか。冬姿に拘って二冬続けて通ったのだけれど、時間帯の異なるものか肝心の漁師には出会わず仕舞いなのだった。

[Data] NikonF2A+AiNikkor50mm/F1.4 1/500sec@f8 Y52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 & LR3 on Mac.
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コメント

こんばんわ。

今夏、足を運んだところです。
いまでもばっちり撮れます。
ご紹介いただいている中でも
現役で狙える
数少ないポイントではないかと思っています。

左の小屋の広告が
わびしさを感じてしまいそうな写真を
にぎやかにしていますね!

  • 2012/09/30(日) 21:37:27 |
  • URL |
  • An #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

Anさん、こんばんは。

この琺瑯看板ですけれど、広告宣伝の役には立ってません。
線路に近過ぎるし、並行ならばまだしも、直角に置かれていますし。
想像ですが、小屋の横板を上下に留める補強材替わりじゃなかったでしょうか。
今では、一枚ウン万円で取引されてるようですから、直ぐに持ち去られてしまいそうです。

  • 2012/10/01(月) 20:17:36 |
  • URL |
  • wondergraphics #-
  • [ 編集 ]

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