"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

呼人-網走 (石北本線) 1972

yobito_03-Edit.jpg

前にも書いたことが在る。
網走周辺の鉄道は、釧網本線や湧網線、石北本線にせよオホーツクの海や海跡湖の湖面を画角に取り込もうとすれば、必ずそこには道路も入り込んでしまうのだった。
どちらが先行したかは分からぬが、鉄道も道路も、それらが敷設された時代に、最良で、なおかつ他に設計のしようの無いルートとして選択された結果に他ならないのだろう。丘陵地の迫った海岸線や湖岸線となれば、必然的に並行してそれを正確にトレースする。
写真屋、とりわけ鉄道屋には、アスファルト舗装の路面は諦めても、少ない撮影チャンスに大型車両に並走されてしまうようなリスクを覚悟せねばならず、訪問を躊躇する場所でもあった。

ここ、網走湖の湖岸は、それに加えて足場の見つからない区間であったのだが、72年に至って車窓から土砂の露出した斜面を確認し、勇んで現地に参じたのだった。
けれど、そこは後年の「塘路の崖」→塘路 (釧網本線) 1982 にも劣らぬ急崖で、ここもまた三脚をバッグに括り付け這うようにして登摩せざるを得なかった。

苦労して登った崖上なのだが、並行する国道39号線の路面は、やはり目障りで、網走湖自体にもこれと云った特徴の見いだせぬゆえか、些か拍子抜けしたのを覚えている。さらにターゲットとした577列車のスジでやって来たのは、なんとも財源を持たない単行機関車列車なのだった。
この翌々年、内燃機投入寸前に再訪するも崖面に崖上は既に深い草木に覆われて登坂は困難となり、結局のところここでの撮影はこれで終わってしまっている。

ところで、この時やって来たのは、577列車所定のC58ではなく、ここに定期運用の無いはずの9600だったのである。北見機関区でC58に不具合でも生じたのだろうか。事由は聞き漏らしたままである。

[Data] NikonF photomicFTN +P AutoNikkor5cm/F2 1/250sec@f5.6 Y48filter NeopanSSS Edit by CaptureOne5 ob Mac.
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