"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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小沢 (函館本線) 1986

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小沢の駅を出て国道5号線を倶知安峠へと向えば、その途中にワイス温泉がある。
施設は、かつても現在も「ワイス荘」だけの一軒宿の温泉である。
金属鉱床の探査ボーリングに際して湧出した源泉を活用して、1970年に地元共和村が厚生年金保険及び国民年金積立金還元融資により国民保養センターとして開設したもので、国土地理院による五万図に温泉記号とともに、現在に至るまで温泉名までもが記入されているのは、このような準公的施設であったゆえであろう。
80年には、民間に売却され株式会社ワイス観光の経営となっていた。

この区間での撮影の度に、ここへの宿泊を目論みはするのだが、蒸機時代にはそのような「贅沢」は許されるべくも無く、その後も函館山線の撮影は行程の最初か最後に組み込むのが通例であったから、奥地へと気の急く旅ではなかなかに、そのタイミングに恵まれなかった。
それでも、山線中心に組んだ86年の6月から9月にかけての幾度かの渡道で、その使い勝手と利便性から倶知安駅前のビジネスホテルをベースにした中で、ここへの泊まりも組み込んだのだった。

国民保養センター当時からさほど変わっていないと思われた低廉な料金にて、二食付きで4800円だったと記憶している。それは質素だけれど地元の食材で賄われた「温泉旅館の食事」で、これを肴にゆっくりと一杯やらせていただいたものだった。なにせ、撮影地隣接の宿である。
実は、ここで、噂には聞いていた倶知安町所在の二世古酒造の酒に出会っている。この蔵元については、いずれ別項を立てたい。

写真は、蒸機時代から定番ポイントである小沢上り方の国道5号線小沢跨線橋から場内を見ている。貨物扱の一部の線路と保線線が外されて積まれているものの、使用の停止された旧岩内線本線も函館線の上下副本線も、草蒸しながらもまだ健在と見て取れる。
列車は、勿論102列車<ニセコ>。列車として最晩年の姿で、4両にまで減車された所定編成に[北東航22]運用の航送郵便車も護送便用のスユ15に替わっている。この編成では、この区間での補機も不要となり、それはこの3月改正で臨運用としても廃止されていた。鉄道郵便も廃止間近の[北東航22]は、完全に締切便扱いで護送要員の乗務もなかったはずである。

この<ニセコ>のスジは、86年11月改正後も予定臨に格下げされて存続し、そこを多客期に運転されるキハ56/27-3両編成による臨時急行列車もまた<ニセコ>を名乗ったのだけれど、もはや食指の動くものではなかった。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor105mm/F1.8S 1/500sec@f8 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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