"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[番外編 8] 青函連絡船 1985

seikan_03-Edit.jpg

青函連絡船については、以前に2度ほど記事にしている。
その後に思い出したこともあって、追記しておきたい。

船内案内所における乗車券類発売
津軽丸型近代化船の船楼甲板に設備される普通船室のロビー(乗下船口広間)には案内所が開かれており、その名のとおり船内における旅客フロントなのだが、同時にここでは乗車券類の発売も行われていた。
永いこと、その根拠は列車内での発売と同列に思っていたのだが、この記事にあたり調べてみると、ここは運輸収入取扱基準規程の規定する「駅所」にあたり、その発行責任者は連絡船事務長と知れた。なるほど、券面表記は“◯◯丸乗務員発行”ではなく“◯◯丸発行”とされる所以である。
そこに常備されるのは、当然ながら券種は限られるものの基本的に硬券で、乗車券箱にダッチングマシンが置かれていた。軟券では自船のグリーン券や自由席特急券や急行券の他、出札補充券の設備も在り、駅とほぼ同等の扱いがなされていた。
あまり知られていないのだが、ここでは接続列車に限って指定席特急券の発売もなされていたのである。船舶無線がデータ通信に対応していない時代ゆえ船内にマルス端末を置いていた訳では無い。出航前に函館駅設置の端末より割当を受け、それを列車名まで表記された常備式のD型券に転記して発行していたのである。ただ、函館駅発行の特殊指定共通券に船名印を押したものも見かけたので、後年には簡略化されていたのではなかろうか。
連絡船乗船後に思いのほか混雑していて、接続列車の自由席確保に着岸のかなり前から下船口への行列の予想される際などに、指定席が確保出来る利便性はあったのだが、指定席の早くに売り切れてしまう混雑期には扱いが無く、座席確保に不安の無い閑散期ならその需要も小さいゆえか、いつしか廃止されてしまっていた。調べると1985年3月改正時とあった。

列車名入りの乗船名簿
青函連絡船への乗船に際しては、連絡船乗船名簿への記入と提出が要件であった。これは、旅客営業規則の通則に条文が規定される程に重要視されていたのである。
この名簿には、第一種と第二種が規定され、一種が一般用で白色用紙、二種は特別船室旅客用で淡緑色用紙と区別されていた。主には船に接続となる列車内で配られ、北海道内では優等列車ばかりか普通列車でも函館到着が近づけば車掌が配布して歩いたものである。本州側では優等列車に限られたと記憶する。
加えて、これが甲乙券片様式であった1971年頃までは、規定には無い配布列車の列車名が押印され、旅客がどの列車からの接続客であるかが判別出来たのである。手元に残るそれには、特急に限らず、奥羽線のローカル急行で配られた「急行しらゆき・きたかみ」の押印付のものや、五能線からの急行列車内で請求したものにも「急行深浦」との押印があって徹底されていたと推定する。これがどのような事由にてなされていたものかは調べ得なかった。
この後には、特急列車内配布のものに「特」表示が入れられるようになったゆえ、以下に述べる乗船制限に際しての区分であったと推定している。

乗船の実際
連絡船の乗下船口は左舷側の船楼甲板に二カ所、遊歩甲板に一カ所が設備されており、それぞれに桟橋側よりタラップが接続されていた。船楼甲板のものが普通船室用、遊歩甲板が特別船室用である。
桟橋待合室の通路に、それぞれの札が掲げられ普通船室/特別船室別に列をつくって乗船を待つことになる。おおよそ出航20分前が乗船開始の目安で、桟橋係員の先導で乗船口直前まで移動する。乗船口の異なるにもかかわらず特別船室側の乗船タイミングが早かった。船に特有の上等客優遇の伝統だったのだろうか。
[番外編 3] 青函連絡船 1978の記述と重複するが、DISCOVER JAPANキャンペーンの成功による、当時の北海道旅行ブームがピークへと向う70年代前半には、特に混合う深夜便において乗船制限が多々発動されていた。この際には、連絡船指定席券(即ち指定席特別船室券)所持旅客、接続列車指定席券類所持旅客、特急列車からの接続旅客の優先乗船がアナウンスされ、乗船案内札もこの三つが追加されるのであった。乗船に際しては、改札が実施され指定席券の提示ないし「特」表示の乗船名簿を要した。
特急旅客の優先措置は、混雑の主要要因であった周遊券旅客の取り敢えずの排除を意図したもので、積み残しに対応して、深夜便出航の後に、客載車両渡し船による貨物便の151/158便(72年3月改正ダイヤによる)が客扱いしており、周遊券での旅行者などは最初からこれを選択する者も多かった。一度乗船経験の在る青森を午前2時30分に出航の151便など、さながら周遊券旅客専用便の様相であった。

長くなってしまった。この項さらに続く。

写真は、函館7時20分出航、上り4便として航海中の羊蹄丸。左舷側遊歩甲板を乗船口付近から船尾方向を見ている。冬期かつ函館での接続列車は山線夜行のみであり、船内は閑散としていた。
甲板への積雪は、波飛沫を浴びてシャーベット状になる。

[Data] NikonF3P+Distagon 28mm/F2.8 with Adapter 1/250sec@f4 Y48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://northernrailways.blog.fc2.com/tb.php/227-403623c9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。