"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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山軽 (天北線) 1986

yamagaru_02.jpg

古い時代の札幌在住者としては、上の世代は皆そう呼んでいたから、今でも何の違和感も無く「内地」と言う。
北海道島を除いた日本列島に対しての呼称で、勿論四国/九州島や島嶼も含むのだけれど、そのニュアンスは主には本州島を指してのものである。
これは、現在の札幌人にも一般的なようだが、さすがに若い人達には、かつては行政用語であった「道外」が浸透しつつあるらしい。

1918年法律第39号になる『共通法』が第一条に定める内地ならば、その反意語は外地だけれど、当時の北海道札幌ではそれは「奥地」であった。近年においては「裏日本」の呼称と同じく差別的とされて、これを使うのは一定の世代以上に限られつつある。
その「奥地」の範囲、それの示す地域は何処なのか。函館出身者に言わせれば、そこが内地と奥地との中継地点であって函館以北は全て「奥地」なのだそうだけれど、札幌在住者ならば開拓使以来の石狩平野を区切りとして、これよりオホーツク/太平洋岸に至る地域を指したのだろうか。
いつか、根室線の急行列車で相席となった根釧原野の牛飼いと言う老人は、そこを自ら「奥地」と呼んだ。けれど、それは古い入植者としての矜持に思えてならないのだった。

道北のオホーツク海沿いに点在する海跡湖の光景は、人跡と言えば牧草地の点在するだけの原野と海岸湿原にただ茫漠と湖面が広がるのみで、その「奥地」をも突き抜けた向こう側のように見える。
蛇の抜け殻の残る、山軽の小さな待合所から線路沿いにクッチャロ湖を画角にするポイントを探しながら歩いたけれど、それはどうにも捉えどころがなくて、すぐに列車のやって来る時刻となってしまった。
背景はクッチャロ湖の小沼。静かな湖岸線は太古よりの姿と思わせる。後方にはポン沼の湖面。

列車は、304列車<天北>。強烈な南風の午後である。

[Data] NikonF3P+AiNikkor50mm/F1.4S 1/500sec@f8-11 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.
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コメント

内地

こんばんは。

「内地」の言葉は、中央への卑屈さから来るようにも聞こえていましたが、本当のところどうなんでしょうね。

「天北」、確かごく短い期間の客車運用でしたかね。私もほぼ同時期の冬に撮っています。

徒歩でのロケ地探し、苦しいような楽しいような。昔は当たり前だったんですけどね。

  • 2012/09/13(木) 23:23:54 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

Re: 内地

こんばんは。

確かに、大陸や南方に『共通法』の規定する「外地」が存在した時代には、「内地」に在りながら、それと変わらぬ搾取される側としての意識ゆえでありましょう。
でも、それも1960年代ともなれば、今日で云うところの「道外」と同義に限りなく近づいていたと思います。

そうそう。ロケハンは徒歩でなければならぬのです。沿線を線路端を視界に風景を満たしながらでないと見えて来ない。
それを見つけた後の、そこへ到達するための手段としての自動車利用は決して否定しませんが...... 。
古い鉄道屋としては、最近の「お立ち台」なる位置へ、それで乗り付けて、単に「列車」写真を撮るといった風潮にはついて往けません。

  • 2012/09/14(金) 23:15:02 |
  • URL |
  • wondergraphics #-
  • [ 編集 ]

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