"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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長万部 (函館/室蘭本線) 1991

oshamanbe_06-Edit.jpg

1903年11月3日、当時の北海道鉄道が既設の森から熱郛までの90.9kmを一挙に開通させた際に、機関庫を始めとした運転上の現業施設は黒松内に置かれ、長万部はその中間駅に過ぎなかった。
ところが、鉄道省による長輪線(後の室蘭本線)がここを接続駅として建設されるに及んで、1928年9月に黒松内機関庫の分庫が開かれ、32年6月15日付にて長万部機関庫として独立して以降、ここは二大幹線の結節点に位置する鉄道の要衝として発展したのである。

庫内10線の扇形庫とコールビンにガントリークレーンを設備していた長万部機関区には、戦後の蒸機全盛期と思える1960年度末時点で24両の配置の他、函館や五稜郭、倶知安に小樽築港、室蘭/鷲別の各区から入区もあって、列車への解結や着機に対する給炭/給水/給砂に灰落とし/シンダ掻きなどの仕業整備に、構内は昼夜を分たず活況を呈していたのである。
これには、煌煌と構内を照らし出しす照明塔の数機が設置され、そこを夜から浮上させていた。

無煙化後の74年度末においても配置車両こそ10両に減じるものの、内燃車の運転/仕業管理基地としての地位を確保していたのだが、それの集中配置政策により80年10月改正を以て車両配置を終了して要員区となり、乗務員区としての長万部運転区を経て、93年3月改正にてそれすら函館運転所に統合されてしまう。
この間の84年2月1日改正では駅本屋南側での貨物扱いも廃止されており、以後現在に至るまで、構内では数両の気動車の滞泊にかかわる入換の行われるのみで、照明もその留置線周辺にて事足りるとあって、構内照明塔は使用が停止され久しい。

小沢 (函館本線) 1978でも触れた、長万部での近年の夜間撮影がこれである。
この頃には構内南側の照明塔は、まだ稼働していたはずなのだが、かつての「新聞の読める」程の照度は望むべくも無く、出発して往く上りの寝台特急を照らし出すのは、貨物扱い設備が撤去されて到達するようになった駅前通りの街路灯の灯りなのだった。

列車は、4列車<北斗星4号>。定期列車3往復運行の頃である。

[Data] NikonF4s+AiNikkor105mm/F1.8S 1/8sec@f4 Non filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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コメント

こんにちは

おしゃまんべ 大きな駅でしたね
むかしは駅構内のその賑わいに興味しんしんで ずっと見ていて飽きないものでした

夜間の鉄道写真には 本当に惹かれます 
寝台列車へのあこがれがより増します

  • 2012/09/06(木) 22:04:16 |
  • URL |
  • Jam #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

そうですね、長万部も遠軽も寂しくなってしまいました。
鉄道が、その輸送環境の変化にて消長を繰り返すのは理に叶ったことです。
その施設がスリム化されると、都市圏であれば、それは直ぐにでも何らかに利用され、
結果、より鉄道の利用に寄与したりもするでしょう。
けれど、ルーラル圏内の都市規模では、そこは空間として残されてしまうゆえ虚無感が募ります。
ほんとうに必要最小限の施設だけが残された、現在の遠軽など衝撃的な光景です。
なにより、そこが夜間には閉鎖されるなど、俄には信じ難いことなのです。

長万部の、そこは今は静かに新幹線駅の建設を待つ空間と見れば、些か感触の異なりますけれど。

ディジタルカメラは夜が写り過ぎてしまいますね。
闇を闇とするのは、やはりフィルムの領域に思えます。

  • 2012/09/07(金) 22:45:45 |
  • URL |
  • wondergraphics #-
  • [ 編集 ]

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