"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

熱郛-上目名 (函館本線) 1983

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函館山線のC62重連急行については、近年に至って先輩諸氏による回顧本の出版や、かつての写真集なり資料集の復刊も相次いでいる。
これらを拝見すれば、ここに当時の拙いカットを記事化するまでもなく、<ていね>の時代の倶知安-小沢 (函館本線) 1967だけに留めさせて頂きたくもなる。

これの撮影にかかわる、1971年の夏をピークとした沿線の狂乱振りについては以前に幾度か書いたことあるけれど、それは同年9月16日のDD51の投入を以てウソのように醒めてしまう。C622は、その後も梅小路入りまでの期間を137-134列車の運用に充てられていたし、D51も健在であったのだが、沿線の撮影者は数える程までに減り、そして、73年夏までに無煙化が完了すると、それを見かけることさえ稀となったのだった。

けれど、蒸機のいなくなった函館山線は、それなりに福音だったのである。
自分の撮りたいアングルの撮れることが何よりであり、内燃機となれば勾配の下り込み側もまた新たなポイントとなった。
上目名をサミットとしたこの区間も、上りを目名側で下りを熱郛側でとのセオリーに縛られることが無くなり、熱郛側で上目名方を見る画角が新鮮ではあった。

写真は、蒸機の頃に下り<ニセコ>の撮影を終えて上目名への帰り道、いつも見ていた反向曲線である。上目名駅廃止の噂を聞きつけて数年ぶりに降り立ち、白井川トンネルをくぐり抜けてここに立った。
列車は、勿論102列車<ニセコ>。

噂はその秋には現実となり、上目名は翌年の1月31日付にて廃止された。

[Data] NikonF3P+AiNikkor180mm/F2.8ED 1/500sec@f8 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopCS3 on Mac.

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