"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

倶知安 (函館本線) 1986

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1986年11月1日に施行の改正時刻は、5ヶ月後に迫った国有鉄道の分割・民営化の最終段階とされ、民営会社各社に引き継ぐべきダイヤとして策定された。
道内においても、経営基盤の極めて脆弱と位置づけられていた北海道内会社への承継に際して、経営資源の集中化が図られ、それにともなって函館本線長万部-札幌間では優等列車の撤退、機関車運用の全廃が組み込まれていた。

これを前にしながら、この年は本業が多忙で長い休暇の取れぬことも在り、春から短期間の渡道を幾度か繰り返していたのだった。
2日から4日程度で戻らねばならず、なるべく避けていた航空機移動がほとんどとなってしまい、託送の出来ぬ機材のため機内持ち込み用のバッグを別に用意し、それは道内滞在中は千歳空港のロッカーに預けるようなこともしていた。

ここへの記事には何度目かとなるのだが、再び日本一有名な踏切道である。後方羊蹄(シリベシ)山上の「月」は偶然では無い。
理科年表の暦部を何気なく見ていて、9月初め時期の月出時刻とその方角データから、夕暮れの頃それが後方羊蹄山上にあることが予測出来たのである。ターゲット時刻の18時40分頃、同じく日没時刻と方向にて残照の影響の小さいだろうことも知れた。これらデータを読めば撮ってみようと言う気にはなる。地上の明るさ(=露出)も経験的に推定出来る。現地に立たなければわからないのは、晴天に限るのは当然としても、その日の気象条件によって異なるその時刻の天空と地上の輝度差であった。写真を撮られる方ならご承知のとおり、小さいに越したことはないのだけれど、ラチチュードの大きいモノクロフィルム(しかもTri-Xの減感)なら何とかなると思っていた。

三日間程を倶知安周辺で過ごすつもりであったので、一日くらいの晴天を予測したとおり、それは初日から快晴に恵まれたのだった。
列車は、もちろん101列車<ニセコ>。
85年3月改正にて所定編成が4両に減車され、86年3月改正以降は多客期に増結されることもなくなり、この区間での補機も廃止されていた。81年に所定8両編成にて在来型客車から置替られてから僅か4年である。もはや函札間に6時間近くを要する山線急行の時代ではなく、郵便/荷物輸送のために維持されたとしても過言では無い列車であった。

[Data] NikonF3P+AiNikkor50mm/F1.4S 1/125sec@f5.6 Non filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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コメント

こんばんわ

日本一有名な踏切ですか(^^)
たしかに山線といえばよく見る構図かも?
臨時列車が走れば
かならず誰かが構えているようですね。

山をバックにした写真は少ないのですが
室蘭線方面では、
私が行くといつも樽前山が雲にかくれてしまって
赤電とサラブレッドとのトリオが撮れずに
やきもきしています。

  • 2012/09/02(日) 21:35:11 |
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  • An #-
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Re: タイトルなし

こんばんは。

多分、そうだと思います。この北四線踏切。
今年の秋も、場所取り三脚が並ぶのでしょうね。
私は、遠慮申し上げたいところですけれど。

社台ファームは、数年前にその真ん中に建物が出来て、
フレーミングが限定されるようになってしまいました。
長い編成を入れられなくなったのです。
でも711系の3両ならなんとかなりそうですね。

  • 2012/09/03(月) 02:03:49 |
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