"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

苗穂 (函館本線/千歳線) 1992

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札幌駅の運転や着発線の操配に関して、苗穂は要の地位にある。
機関区が存在して、かつてはC57が屯していたから、など運用上の事由ではない。
73年9月までは、ここで千歳線が分岐し、それが白石に変わった後も実質的な起点駅であり、高架化まで3線区間であった札幌の東側から出入りする列車の、そこの着発線の使用を左右していたのである。

それは、苗穂駅の配線に見て取ることが出来た。ここに図示はしないが、白石まで続く方向別複々線にあって、旭川/沼ノ端方では、外側の上り線と内側上り線間にシーサスクロッシングを置き、その延長方向で内側上り線と内側下り線さらに外側下り線間に片渡り分岐が2台ずつ挿入され、函館方は、駅を中心にこれと丁度点対称となる形で同様の配線となっていた。
すなわち、極端には、岩見沢方向からやって来た列車は、苗穂構内に入るとシーサスから渡り線を次々渡り、反対側の下り線に入り、さらには機関区側の側線にまで進入が可能であり、乗降場を通過した後からでも中線や下り線に乗り入れ、札幌駅の8番線/9番線等へと進出出来た訳である。後者の例は実際の運転でもあった。

これは、本来札幌駅の持つべき列車振り分けの機能を分散させたものだが、複々線が3線に狭まる札幌-苗穂間の線路容量上必須の配線と思われ、また、どの線へも進入可能であることは雪害などによる運行の混乱時の列車整理にも不可欠であったろう。

この配線が思わぬ使われ方をしたことがある。札幌駅の高架化工事関連による同駅荷物扱の苗穂移転にともない、84年2月の改正から道内夜行急行に実施された苗穂への運転停車に際してのことだ。これは、ここで荷物車の解結を行うためで、駅舎寄りの1番線/2番線(乗降場の設備はない)に進入する必要上、特に下り列車は、下り外側線から次々と本線を横断し、さらに上り外側線を越えて「極端には」と前述した例同様の運転をした。この配線がゆえに可能であったのだ。

92年、新千歳空港連絡快速列車の頻発運転の実施以降、この列車振り分け機能は、さらに白石駅にも分散された。


写真は、苗穂東方の複々線区間。函館桟橋起点290K付近である。
雨天の雲間からスポットライトのように差し込む一瞬の斜光が印象的だった。
列車は、西下を始めたばかりの8002列車。終着は22時間後だ。
後方、札幌駅のJRタワーは、まだない。

[data] NikonF4s+AFNikkor180mm/F2.8ED 1/250sec@f8 Kodak No,12filter Tri-X(ISO320)
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