"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

国縫 (函館本線) 1994

kunnui-Edit.jpg


国鉄の分割・民営化時点で予想されたことではあるが、以来四半世紀が経過して沿線での撮影は徐々に制約が大きくなりつつある。
具体的には、列車の走行空間なり鉄道用地とそれ以外のパーティションとしての境界柵/フェンスの設置である。これはその上空にまで及んでいる。
100年以上も前に制定された古い法律である鉄道営業法(明治33年3月16日法律第65号)の第35条を具現化したと言えばそれまでだが、その100年間は放っておかれたものでもある。

近年の急速な展開は、広義には株式会社としての(将来の株式公開への備えも含めて)株主対策を背景にしており、所謂危機管理であって、将来予測し得る訴訟への予防策なのである。
かつても、駅構内などに枕木の古材にて組んだ仕切り柵は存在していて、その上に腰掛けて「汽車を眺めた」記憶をお持ちの方も多かろうと思う。それは現在の完全に遮断/遮蔽するようなフェンスの類いと異なり、高さも低く、すり抜けられる隙き間も在るものであった。
民営化後の旅客/貨物鉄道各社から経営上の機密を事由に、一定の統計の公表されなくなった事実が、フェンスによる遮断と軌を一にしていると言えば、それは少々穿ち過ぎだろうか。

さて、そのパーティションは決して鉄道屋の排除を目的としたものでは無いのだけれど、古い鉄道屋として線路端から眺めれば、それは永年馴染んだ場所から外へと追いやられる結果となった。残念では在るが受け入れる他はない。
実際には、線路に接近しての撮影の機会などはそれ程に無く、むしろ平地での俯瞰ポイントとして跨線橋や跨線道路橋の方が欠かせない。電化区間、特に交流20000Vの架空電車線のあれば、従前よりそこには注意表記のあるフェンスの設置があったものだが、最近では非電化区間のそこにも設置が進んでいる。しかもそれは、交流区間のものより全高のある始末で、勢い脚立とオーヴァーヘッドサイズの三脚を機材に加えざるを得なくなる所以である。

ここ、国縫構内下り方に架かる国道230号線の国縫跨線橋は、乗降場からのR800曲線を俯瞰する定番ポイントであったのだが、ここにも数年前に路面からであると全高2メートル程になるフェンスが設置されてしまった。
路幅の無い跨線橋ゆえ、開脚面積を取る大型三脚は立てられず、脚立上からの手持ちに頼るしかなくなっている。

列車は、5列車<北斗星5号>である。まだフェンスの無い頃に。

[Data] NikonF4s+AFNikkor ED300mm/F2.8 1/500sec@f4-5.6 Fuji SC52filter Tri-X(ISO320) Edit byPhotoshopLR3 on Mac.
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://northernrailways.blog.fc2.com/tb.php/204-da71ab47
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad