"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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白石 (函館本線/千歳線) 1995

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1992年7月1日ダイヤ改正においては、南千歳-新千歳空港間の地下線による千歳線支線が開業し、新千歳空港と札幌方面間に空港連絡快速列車<エアポート>が有効時間帯のほぼ全般に渡り15分ヘッドでの運行を開始した。
同区間を130km/hの最高運転速度により約36分で結ぶ高速列車の頻発運転により、千歳線の同区間内では、上下列車の退避に対応した西の里信号場の設置を始め、サッポロビール庭園にも上下線への退避線を配備、島松では旧貨物列車着発線を上り(札幌方面行き列車)待避線へ転用し乗降場を新設、白石にも第二乗降場を減輻して千歳線上り線に待避線が設けられるなどの設備改良がなされた。
これにより、棒線駅を除く全駅で上下列車への退避が可能とされ、全国的にも希有な線区/区間となっている。本来ならば、複々線化により緩急ないし客貨分離を要する程の列車毎の運転速度差と運行頻度があるのだが、この設備でなんとか凌ごうと言うのだった。
車両運用では、運転性能の劣る711系電車の乗入れが制限され、また貨物列車用の高性能機関車の投入が急がれていた。

ここ白石では、千歳線上り線への待避線設備に際して、用地の制限から札幌方面列車用の第二乗降場を減輻した関係で、その苗穂方に千歳/函館線側とも線路に接しない部分を生じていて格好の撮影位置となっていた。広々とした4線区間を、その線路間から撮れる貴重なポイントでもあった。
待避線の設備前→白石 (函館本線/千歳線) 1988よりも引きが取れる位置で好ましいのだけれど、この時点では構内に隣接して南側にマンションが建設され、午後から夕刻の斜光線は遮られてしまうのだった。
この位置は、一日の乗降人員が6000人を越える駅とあって、後には柵にて仕切られるのだが、この頃にあっては駅長事務室に断りを入れれば、ホームから降りぬことを条件に立入りは許可された。

列車は、2列車<北斗星2号>。ここは、14時過ぎの8002列車に対しても、夏至の近辺でないと機関車に陽は当たらなかった。

[Data] NikonF4s+AiNikkor ED300mm/F2.8S 1/500sec@f5.6 Fuji SC56 filter Tri-X(ISO320) Edit byPhotoshopCS3 on Mac.
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