"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

函館 (函館本線) 1981

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DD13形式液体式内燃機関車は、道内では馴染みが薄い。
この形式は、1950年代後半当時に首都圏/関西圏などの貨物ヤードにて入換に従事していた、B6と呼称される系列の古典蒸機の老朽取替が急がれたことを背景に開発されたものである。ゆえに、それら大都市圏への投入が優先され、60年前後の時点で、道内では2両のみが苫小牧/室蘭の石油ヤードで使用されたに過ぎなかった。
これが大量に投入されるのは、66年度の函館機関区であり、9両の配転により函館桟橋/函館構内入換の9600形蒸機を一挙置替えた。以後、釧路/旭川/苗穂/苫小牧/鷲別の各機関区へ配備されるものの、入換機の本格的な無煙化は、67年度より量産の開始されていたDE10形式液体式内燃機関車に切替えられたため、道内へは少数の導入に留まったのである。投入が遅かったゆえに道内では少数派となったと言えよう。この形式の除雪用ヴァージョンであるDD15についても、同様の事情で道内配置は少なかった。

68年頃、眺めに行った苗穂のDD13は、2次車/3次車と16次車の配置で前者のイコライザー式の台車が無骨で古めかしく見えた覚えが在る。それでも、DD11のクランクとロッドによる蒸機のような動力伝達と比較すれば洗練された印象でもあった。さらに近代化されたDD51が苗穂に姿を現すのは、その後まもなくのことだ。

写真は、DD13の屯する朝の函館構内を加速して往く23D<北斗3号>。
この23D-26Dと渡る運用は、車両需給上からか80系気動車の基本編成に満たない6両組成運用で異彩を放っていた。
海岸町の津和野街道の跨線橋からの撮影だが、この頃は桁のみが架けられ東西の取付け道路は未完成だったと記憶している。

函館機関区〜函館運転所のDD13は、ヤード系輸送の廃止された84年2月の改正にて余剰を生じた五稜郭操車場入換用のDE10に置替えられ、85年度末までに用途廃止により姿を消した。

[Data] NikonF3HP+Ainikkor105mm/F2.5 1/500sec@f8 fuji SC56filter Tri-X(ISO320) Edit by PhptoshopCS3 on Mac.
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