"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

糠平 (士幌線) 1983

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厚岸-糸魚沢 (根室本線) 1976にも書いたように、1970年代を通じて貨物輸送量に占める国鉄のシェアは低減を続け、70年代はじめにはそこそこの編成長で走っていたルーラルな線区/区間の貨物列車も、80年前後に至るとスジは引かれていても運休が常態であった。

機関車列車が無くなり、気動車の普通列車ばかりの支線区や区間には自ずと足は遠のくことになってしまった。
けれど、その中でも夜行急行の着地側でもなくスケジューリングの難しいはずの深名線と、そしてこの士幌線には幾度となく通っていた。
おそらくは、描いたイメージに合致した画角がそこに存在した故だろうが、士幌線については、それが糠平周辺に所在し、折り返しに際して長時間に列車の停車する糠平構内もまたポイントである効率の良さも在った。
さらに付け加えれば、長過ぎる列車間隔の合間に駅近隣の糠平温泉で「ひと風呂」浴びる楽しみもあったのだ。

温泉旅館の常で、特に掲示されていなくとも昼風呂は営業していた。事前に電話を入れておいて部屋と昼食を用意してもらったこともある。それは、駅弁当と駅前食堂ばかりの旅の食事としては異様な豪華版ではあった。さらに白状してしまうと、この時は撮影そっちのけで呑み始めてしまいそこに一泊する羽目になった。こういうこともある。

その酒は、北海道では定番の札幌所在の日本清酒による「千歳鶴」であったのだが、本来、酒蔵(酒造場)とは人の暮らすところには必ず存在し、その地域の人々に酒を供給していたものである。
この十勝地方でも戦後の時点で、帯広に小川銘醸の「晃邦/照国」に帯広酒造の「亀の露」、清水に松山酒造の「きよ泉」、芽室に十勝酒造の「長寿」の蔵があったけれど、いずれも81年までに廃業してしまった。
戦前にまで遡れば、この他に新得/幕別/本別/広尾にも酒蔵の記録が残る。これとは別に、幕別町札内では1966年から1984年まで日本清酒が帯広工場を稼働させており、ここでの「千歳鶴」はそれゆえだったのだろう。

写真は、725Dで到着して728Dにて折り返すキハ40 100番台の2両編成である。
糠平駅構内の外れに、鉄道官舎と思われる赤い屋根に煙突が印象的なコンクリート造りの建物が在って、撮影の良いアクセントになってくれていた。
ここから十勝三股までの休止により実質的な終着駅となって久しく、その設定列車本数からは棒線駅となっても不思議ではないのだが、いまだに上下本線ともに生かされていた。以遠区間が廃止ではなく「休止」であるゆえだろうか。
この前代未聞の「休止」措置では興味深い旅客扱いを生じていた。これは別項に譲りたい。

[Data] NikonF3P+AiNikkor180mm/F2.8ED 1/250sec@f8-11 FujiSC44filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.

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