"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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上野幌-北広島 (千歳線) 1992

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苗穂から北広島に至る千歳線の新線区間は、最急勾配を10パーミル、最急曲線をR800にて設計され、白石からの高架橋にて新札幌で既に上野幌と同等の施工基面高30メートルを確保して、椴山付近での63メートルのサミットに対して上野幌側では丘陵の尾根を突き刺す直線的な線形で高度を上げている。必然的にその谷には橋梁が架けられ、大曲B./保安林B./橋本B.と続く。
中でも、上野幌近隣の大曲橋梁は231Mの延長を持ち、長大編成列車を載せてその南北両側や直下の畑作地からなど様々な画角を提供してくれる被写体となっていた。
丘陵地が迫った位置への架橋ゆえ、どの方向からでも背景が空に抜けず、その丘陵の秋の美しさも特筆に値する。
しかしながら、電化後は橋梁東側の尾根先からは架線柱が煩雑で撮れなくなり、残念なことに、近年になって西側の熊笹の丘からも前景の樹木が成長してアングルの限られるようになってしまっている。

このポイントも同様で、この頃はまだパイプラインの埋まった草道だった旧線路盤から後方の斜面を登った位置なのだけれど、まもなくここに北海道ガスの北広島供給所が設けられ、失われてしまった。

列車は、8007列車<エルム>。
6月のこと、8両程度の組成と予想していたのだが、11両とあっては橋梁上に乗り切らない。もう、北海道は観光シーズンなのだ。

8007・8008列車<エルム>は、89年3月改正における<北斗星3・4号>の定期格上げに際して、それの後継として設定され、上り下りとも首都圏-北海道間寝台特急群のしんがりを勤めるダイヤも新たに引かれたものである。この予定臨のスジは、同列車の運転以外に同編成による団体臨や修学旅行等の集約臨にも利用された。
92年は春臨から冬臨まで<エルム>の最大運転本数を記録した年で、上下延べ291本の設定であった。これには、<カートレイン>のスジである9009・9010によるもの(*)を含むけれど、集約臨や回送運転は含んでいない。
この頃には、予備車確保の関係上、品川運転所の24系25形や青森運転所の24系が組み込まれることがあり、白帯車の道内運転は、これ以外に例はない。(銀帯車は<カートレイン>運用車である)

(*) - <エルム81・82号>としての運転。特に冬臨設定は全てが、このスジであった。

[Data] NikonF4s+AiNikkor105mm/F1.8 1/500sec@f11 PLfilter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
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