"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

北広島 (千歳線) 1972

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俄には信じられないけれど、ここは千歳線北広島である。
西ノ里信号場-北広島 (千歳線) 1972と同日の撮影で、輪厚川橋梁が新線に切替られているのを確認して北広島の構内を見に行ったのだった。

広島町中心市街地から外れた台地に在って、交互に置かれた相対式の乗降場に中線を持っていたそれは、上り本線と中線が島式乗降場に変わり、線路を横切っていた構内通路も廃されて跨線橋が架けられ、西側にも駅舎と改札口が設けられていた。西側の丘陵地で始まっていた住宅団地造成に対応し、現在に繋がる通勤駅として体裁が整えられつつ在ったのである。この跨線橋に本屋が移転し橋上駅となるのは1974年暮れのことだが、1973年9月9日付にて駅中心キロ程は約100メートルを沼ノ端方に移動しており、この時点で既に西口が駅長事務室とされていたことになる。この訪問時点では、まだ東側の本来の本屋が機能していたと記憶している。

写真は、その苗穂方から構内を見ている。
中線を出発する列車の後方に乗降場が在って、跨線橋も煙に隠されて見えない。駅本屋は左側画角外になる。
住宅公団の北広島駅前団地は着工前で、西側には丘陵地が広がるばかりだった。
画角に見える小さな踏切道を左に辿るとフランシスコ修道会の北広島修道院の横道に出て、いまは人道跨線橋が架けられている。
輪厚川橋梁が新線に切替られたとは言え、それは将来の(*)上り線による単線運転で、一番手前に見える分岐器をこちら側に分岐しているのが下り線として準備された線路である。そこからは、さらに旧線に繋がっていたと思われる線路が分岐していたけれど、配線は様変わりしていて判別は出来なかった。

なお、上野幌-北広島 (千歳線) 1993でも書いたように、北広島以北の新線への切替は、新線と旧線の交差地点を境界として二次に分けて実施され、輪厚川橋梁を含む区間が先行した。現在、旧線跡を転用した自転車道(道道1148号札幌恵庭自転車道線)のループ式跨線橋の架けられているところが、新旧の交差地点となる。この先行区間も複線の使用開始は1973年9月9日であった。

(*)上り線 - 現在も千歳線の施設上の起点は苗穂にある。

列車は、4097列車。東札幌への急行貨物であり、それは本州線から継送となるコキ5500にて組成のコンテナ列車である。

[Data] NikonF+AutoNikkor50mm/F2 1/500sec@f8 O56filter Tri-X(ISO400) Edit by CaptureOne5on Mac.
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