"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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塘路 (釧網本線) 1982

touro_03-Edit.jpg

塘路の崖である。
細岡 (釧網本線) 1984でも触れたように、釧路湿原の俯瞰ポイントを探していた頃に、ここの存在は車窓からのロケハンで承知していたけれど、その見るからに急峻な斜度に登坂を躊躇していたものだ。
それは塘路で下車すれば、その乗降場からも地肌の露出して屹立した斜面として遠望出来た。

その直下に立ってみれば、土砂の崩壊跡とも見て取れず、草木の無い理由はわからなかった。
比高は40メートル程度、下部からして、その斜度は45度を越えると思われ、上部ほど傾斜の増すのが見て取れた。山屋の経験から言えば、それは登摩具なしでの登坂の限界である。
土の露出のところどころに植生の部分があり、そこへ到達すれば急斜面で身体を支え、機材をセッティングしての撮影は出来そうに見える。セオリーにしたがい、バックパックのウェストベルトを外し、ショルダーストラッブを伸ばして重心を下げて登摩を開始した。斜面をトラバースしながら徐々に高度を上げざるを得ないのだが、斜面側に重心を寄せながらのそれは、恐怖の一言であった。最後は、斜面を這うようにして到達した。

そこは、それだけの価値はあり、眼下にエオルト沼、マクント沼、ポント沼をはじめとする大小の湖沼群と釧路川本流を見て、塘路湖を最遠部まで遠望するポイントであった。
ここには、季節を変えて都合4回登っている。2回目以降はストックを2本持参した。

列車は、混合644列車、網走行き。この頃には貨車の連結されることはほとんど無くなっていた。

さて、写真をご覧になって気がつかれた方も多かろうと思う。そうなのである。
後年になって、この丘陵に「サルルン展望台」が開かれ、そこから標高79.1mの三角点へも容易にアクセスが可能となっている。その三角点こそ、この崖の真上にあたるのである。
そして、2001年に列車からの現認で、ここは樹木に覆われた緑の斜面となっている。旧に復したと言うことであろう。夢の跡である。

[Data] NikonF3P+AiNikkor105mm/F2.5 1/250sec@F8 FujiSC48filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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コメント

サルルン以前

こんばんは。

この写真を見て、あーサルルンねー、と思いました。つい先日行きましたから。

展望台が出来る以前と聞いて仰天しました。先駆者の超貴重なお写真、楽しみにしております。

  • 2012/05/12(土) 23:06:09 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

考えてみれば、当時からこの三角点への通路は、それが草道であるにせよ、存在していたのでしょうね。
ただ、わからないだけで。
知っていれば、あんな崖登りをしないで済んだ。
今現在まで、その高度と云い、斜度と云い、登坂した中では一番の崖です。

  • 2012/05/14(月) 00:55:50 |
  • URL |
  • Wonder+Graphics #-
  • [ 編集 ]

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