"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

白石 (函館本線/千歳線) 1988

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苗穂の札幌に対するポジションについて、以前に書いたことがある。苗穂 (函館本線/千歳線) 1992

その隣駅白石も、73年9月の千歳線接続に際して、苗穂同様にその前後で函館/千歳線の上下線それぞれが相互に連絡されていた。複々線を効率良く運用するに不可欠の配線であるが、その使用法は苗穂といささか異なり、*構内南側の札幌貨物ターミナルと東札幌への連絡線を各線に接続させる必要上からであった。例えば、この当時存在した倶知安や小樽築港からの貨物列車を札幌貨物ターミナルへと、また千歳/岩見沢方面からのそれを東札幌へ入線させるためである。
また、それらと*機関区所在の苗穂との間に単行機関車列車の運転が頻繁に設定されていた。

*構内南側の札幌貨物ターミナルと東札幌への連絡線 - 1968年10月1日の新札幌(1973年7月16日に札幌貨物ターミナルと改称)の開業に際して、白石-東札幌と白石-新札幌に函館本線の貨物支線として設けられ、1973年9月9日の千歳線の白石接続、札幌貨物ターミナルの厚別/新札幌通路線開通まで、その唯一の連絡線として機能した。白石-札幌貨物ターミナル間は同日付にて廃止されたが、線路は現在も白石の構内側線として健在である。
白石-東札幌間は、東札幌の廃止とともに1986年11月1日付にて廃線となった。

*機関区所在の苗穂 - 札幌貨物ターミナルに乗務員区/機関車検修施設が併設されるのは、札幌駅構内に在った札幌客貨車区を改組/移転して白石運転区として発足する1986年11月1日のことである。1987年4月に日本貨物鉄道に承継され、札幌機関区となった。

それらの廃止後も温存された設備は、1992年の新千歳空港連絡快速列車の頻発運転の開始以降、苗穂の持っている札幌の着発線使用方にかかわる機能の一部の負担に使用されるようになっている。加えて、この際には*千歳上り線に待避線も設けられた。
中でも乗降場旭川方に設置の函館本線上り線と千歳線上り線間のシーサスクロシングは常時稼働し、札幌に向かう函館/千歳線列車の一部を相互の差替えている。主には千歳線から函館線への転線だが、その逆も在って、函館線列車の同線優等列車への退避も可能である。
札幌から同駅まで続く複々線区間の使用方において重要な地位を占め、それは苗穂を介して札幌の着発線の使用方までも規定しているのである。

*千歳上り線 - 同線下り列車運転線。ここでは、施設上の基準に従い苗穂を千歳線の起点として記述している。

この駅の特異性は、こればかりではない。閉塞上きわめて長い構内延長を持つのである。それは、函館方の下り場内信号機にはじまって、函館線は厚別の下り場内信号機まで、千歳線は新札幌の出発信号機(白石第四出発信号機である)に至るものである。千歳線では棒線駅の平和/新札幌、そして札幌貨物ターミナルを含んで5kmを越える。
これは、この区間で札幌貨物ターミナルへの通路線が分岐していることによる。手動閉塞の時代ならば、当然信号場が設けられたが、自動信号とあってはそれを回避したものである。千歳上り線ならば新札幌手前から白石の場内信号機が連続するが、通路線分岐外方の白石第三場内信号機を除き、それは実質的に閉塞信号と変わりはない。

写真は、雨天下に苗穂方から白石構内に進入する 2列車<北斗星2号>である。既にDD51には塗色変更機が投入され始めていたけれど、この日は重連の2両とも原色機であった。
白石の構内も配線変更のなされる以前で、現在ではこの位置に立てない。

9月も秋分を過ぎて、札幌は秋へと傾く冷たい雨だった。

[Data] NikonF3P+AiNikkor180mm/F2.8ED 1/500sec@f4 FujiSC42filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
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