"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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[番外編 6] 急行“天北” 1984

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仕事写真では必需品であった可変焦点レンズだけれど、鉄道の撮影では使用していない。全て単焦点である。これは今でも通している。

焦点可変であるがゆえに、フレーミングの選択肢が無限に在って、その決定が曖昧になってしまうのが最大の理由だ。
何があっても編集者なりクライアントの意図に沿った写真を持ち帰らざるを得ない仕事写真とは異なり、趣味の写真である。画角の決定に迷うくらいなら、単焦点の与えられたそれでフレーミングを楽しみたいと思っている。

鉄道を撮り始めた頃から70年代はじめまでに、ニッコールには既に7本程の焦点可変レンズがラインナップされていたけれど、いずれも報道分野を意識した高価な高倍率の望遠系で、でなければ単焦点が当たり前の時代であり、それを装着して、自分が動きながら、あるいは被写体との距離を予測しながら撮影位置を決定しフレーミングする、それがセオリーである。もう、身にしみ込んでいる。

曲がりなりにも職業カメラマンの仲間入りを果たすと、限られた時間でカットを稼がねばならず、かなりの無理をしてニッコールの定番だった「よんさんはちろく」こと43-86mmに、80-200mmを導入し、後には先輩から50-300mmを安く譲ってもらい使っていた。
ただし、ニッコールと言えども、これら可変焦点レンズの画質は単焦点には遠く及ばず、当時の新聞や雑誌グラビアの印刷レヴェルにあってこそ機能したものだ。B5判の見開き指定ともなれば、当時のフィルム性能もあって6×6判の領域であり、35mmなら間違いなく単焦点を選んだ。

印刷技術の急速な進歩にあって、ニッコールに使える可変焦点レンズの登場するのは、1982年の‘Ai-Zoom80-200mm/F2.8ED’を待たねばならず、それは恐ろしく高価でもあった。
ニコンは、引き続き可変焦点を報道用の特殊レンズと見ていた傾向があり、85年からの10年間は、その開発すら止ってしまう。

今もそうなのだが、蒸機撮影時代からの習慣(?)で、三脚上にプレートを介して二つの雲台を準備し、メインとサブのカメラをセットする。時にはどちらもメインだ。
2台使用なので、可変焦点レンズを導入しても機材全体の軽量化にはつながらない。これが、単焦点に拘る消極的なほうの理由である。むしろ重量化する可能性すらある。

カメラとともに買い与えられた50mmと135mmに始まって、このモノクロ撮影時代に持ち歩いた単焦点レンズは、28/50/85/105/135/200mmの各焦点距離である。50mmはf2からf1.8とf1.4を、105mmもf1.8とf2.5を使い分け、200mmは後で180mmに差替えている。画質に不満でZEISS社のDistagonをアダプタを介して使っていた28mmを除けば、全てニッコールである。300mmは必要に応じて仕事用の機材を持ち出していた。
このラインは、機材の買替えはあっても、リバーサルフィルムを経てディジタル撮影の現在も基本的に変わっていない。Distagonの28mmがNikkorの24mmに入替わり、逆に50mmがPlannerのZFになって、COLOR-HELIARの75mmが加わり、135mmが外れたくらいだ。

不思議なのは300mmで、リバーサルも併用するようになって急に装着頻度が上がった。自分でも理由が良く分からない。大きくて重い仕事用のf2.8に替えて、f4を導入して持ち歩くようにしていたのだが、やはり明るさと画質に不満で、その頃最も全長の短かったTokinaのATXに替えた。これならバックに立てて収まるのだった。

ニッコールの広角系は、35mm/F1.4のような名レンズもあるのだが、24/28mmに関しては今一つの印象であった。画面のディストーションがまとまらず、なにより周辺部での崩れが大きかったのである。
これがどうしても気になっていた頃、80年頃と記憶するが、Contax RTS向けに発売されていたのがDistagon 28mm/F2.8だった。同じ頃にContax-Nikon間のマウントアダプタの存在も知り導入を決めたものだ。その描写は素晴らしいものだったが、アダプタを介した撮影には種々の制限があり、オートフォーカスの時代になって劇的に改善されたニッコールに再交代した。

写真は、天北線の急行<天北>に組成されたキロ26 201の車内である。3番の座席付近から前位側の客室妻面を見ている。Distagon 28mm/F2.8による描写は、カメラ位置さえ的確なら歪みを感じさせず(実際に無いのだ)、絞り開放でも周辺部まで破綻の無いものだ。

キロ26201 は、1967年度三次債務予算にて新製の同系列における最終増備グループに属する。キハ56/27であればパノラミックウィンドウを装備したグループである。この時点では、20年に満たぬ経年なのだが、かなり老朽化して見えた。
1月半ば過ぎのこの日、南稚内から旭川までの乗客は自分を含めて3人であった。

[Data] NikonF3P+Distagon 28mm/F2.8 1/125sec@f2.8 Non filter Tri-X(ISO320)
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