"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

音別 (根室本線) 1990

onbetsu_04-Edit.jpg


根室本線音別駅は、国鉄〜旅客・貨物鉄道各社による駅の営業形態の分類上で一般駅に属する。すなわち、旅客も貨物も取り扱う駅である。
遅くとも1960年代までは、これが駅の通常の姿であったゆえ「一般」駅と区分されて来た。旅客のみの扱いであれば旅客駅、その業務を外部に委託するならば委託駅、職員の配置がなければ無人駅である。運転関係職員の配置が在っても旅客営業を行わなければ無人駅に区分され、貨物関係のみの職員配置駅も同様である。
貨物だけの取り扱い駅は、勿論貨物駅と分類されるけれど、少なくない例が存在した、それを業務委託した場合の区分はない。
貨物扱い駅の集約化が進められた70年代から、そして鉄道が貨物輸送市場から大きく撤退した80年代以降では、一般駅はそれが決して「一般」でない程に希有であり、数の上では旅客駅と無人駅が「一般」的な形態なのはご承知のとおり。

音別のような規模の中間駅が一般駅を維持しているのは、コンテナ貨物の扱い実績による。ここには、1980年以来、高速貨物列車(1984年2月改正までは特急貨物列車)の一往復が停車し、数両のコンテナ貨車を解結している。
1987年の国鉄の分割・民営化以降は日本貨物鉄道が承継した事業だが、同社社員の配置はなく北海道旅客鉄道がその業務を受託している。同駅の窓口業務が15時と言う早い時間に終了してしまうのは、コンテナを積載した上り列車の出発に合わせてのことである。
一方で、同様の環境にあった高山本線の坂祝駅のごとくに、貨物鉄道が旅客業務を旅客鉄道会社より受託した例もあり、こちらはセメントの出荷列車の出発後も夜間まで営業していたけれど、その列車廃止とともに社員も撤退し、みどりの窓口までが設置されていた駅は無人駅となってしまった。

写真は、札幌貨物ターミナルから新富士への1451列車。高速貨物列車Cに指定され、最高運転速度は85km/hに制限される。
列車後部の2両(この日はコンテナ積載が無い)が音別にて解放となる。
DD51の重連運転は、新富士発着列車の上下本数のアンバランスによる送り込み回送を兼ねてのことであった。

ここは、例の「黄泉の国の子供たち」の一件のポイントだ。→音別 (根室本線) 1986 4年振りの訪問だったが、この間に海側へ通信線柱が建植されてしまっていた。

さて、音別発着のコンテナ貨車に積載されたコンテナの荷主は、音別町市街地の東郊に所在する大塚食品株式会社釧路工場であり、その荷とは、同工場が大塚製薬より生産を受託している『オロナミンCドリンク』である。

[Data] NikonF3P+AiNikkor50mm/F1.4 1/500sec@f11 FujiSC44filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://northernrailways.blog.fc2.com/tb.php/129-9bef935a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad