"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

豊浦 (室蘭本線) 1993

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撮影地は生き物、とは善く言ったもので、礼文 (室蘭本線) 1995でも少し触れたけれど、それの失われる事由の多くは樹木の成長や植生の変化によるものである。これは緩慢に進行するゆえ状況は読み易い。
対して人為的な事由では、沿線への障害となる構造物の構築を筆頭に、鉄道側においても通信線柱の建植更新、それへのケーブル装架位置変更、標識などの線路付帯物の設置等、枚挙に暇が無く、近年各社が積極的に進める跨線橋へのフェンスの設置も、これに当たるかもしれない。
このシリーズに記事化しているポイントも、40年から十数年を経ており、現在も同じ地点に立てて同一の画角の得られるものは少ない。
逆に、新たなアングルの出現することもある。こちらは全てが人為的なもので、代表的には山林の伐採や道路の開通、展望施設の設置など俯瞰ポイントがらみが多い。稀に自然現象も在って、知る限りでは洪水にて河床が変化し岩伝いに河中まで移動が可能となった例がある。

よく知られている、豊浦の東方、起点32K810M=34K414Mのブレーキングポイントのある貫気別川橋梁を挟むR600/R604の反向曲線区間を俯瞰するポイントについては、少々複雑だ。
かつては、国道37号線沿いの寺院裏手の熊笹に覆われた緩い斜面を、広葉樹の森の際まで登った位置がポイントであった。写真もその位置から撮っている。笹をかき分けねばならず、それなりの仕事を要した。
それが2000年頃であったろうか、この斜面から続く山全体が伐採地となり、同じく国道沿いの自動車修理工場の脇の道にその作業用通路が接続され、これを伝って頂上付近からの高度のある俯瞰が可能となったのだった。

それはそれで福音には違いなかったけれど、伐採後には、その多くがそうであるように杉の幼木が植林され、それは前記の熊笹の緩斜面も含めてのことであったから、反向曲線区間の俯瞰は、幼木が視界を隠すまでに成長する十数年程度に時間を限られたことでもあった。
ところが、この植林地は、その後に放棄されてしまうのである。山林主の都合であろうが、手入れが全く為されないため、この地本来の植生である広葉樹が伸長し、繁茂する薮が杉を覆い始めている。2010年秋の確認で既に視界の遮断箇所が多々在り、想定を遥かに早めて「失われたポイント」となりそうな様相である。

列車は、3列車<北斗星3号>。
89年3月改正にて、季節列車から定期に格上げされ、東日本旅客鉃道と北海道旅客鉄道が隔日で交互に運用を担当していた列車であるが、この翌年には、何故か毎日運転ながら再び季節列車に格下げとなってしまう。
この日は、尾久客車区による[尾21]運用である。

このポイントでは、300mmで橋梁を中心にした反向曲線を切り取るのも良いけれど、やはり周囲の地形と青空まで取り込める180mmの画角が気に入っていた。

[Data] NikonF3P+AFNikkor180mm/F2.8ED 1/500sec@f8 FujiSC48filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.
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