"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

倶知安 (函館本線) 1979

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国土交通省は、北海道新幹線の新函館以北区間の工事着工に、この2012年5月にも認可の方針と聞く。
工期が予算配分から24年にも及ぶと言う、およそ現実離れした実施計画だ。工事は全区間で均一に進むでなく、早期に完成した路盤や隧道、橋梁はその間放置され収益を生まぬ訳だから、まだまだ政治のカラクリの潜んでいそうな様相だ。着工後の見直しは必至と思う。

四半世紀後の函館本線が、どのような姿か想像もつかぬが、ともあれ開業に際しては新函館・七飯-小樽間が並行在来線として北海道旅客鉄道から経営分離される。同社の着工同意は、これを前提にしている。沿線の関係地方自治体もおおむね同意の方向だが、温度差はかなりありそうだ。
貨物の動脈でもある海線区間はまだしも山線区間の鉄道維持は困難をともなうだろう。
現位置に新幹線駅の予定される倶知安を筆頭にしたニセコ地域と、小樽/札幌への通勤通学需要のある余市町/仁木町でのそれには大きな開きがあり、両町の同意は渋々に違いない。
開業後の倶知安-札幌間の所要時分は15分程度と聞き及ぶ。リゾートはおろか、札幌のベッドタウンに十分な時間距離である。対して、余市町/仁木町では小樽まですらバス利用にて1時間を覚悟せねばなるまい。
そもそも、86年の優等列車廃止以降、新幹線に転移するとされる優等旅客のいない山線区間が果たして並行在来線と呼べるものなのか、甚だ疑問ではある。

この延伸に際しては、函館から18キロと言う空港より遠い新函館の位置による道内輸送機関としての適格性も問われる。
九州新幹線の成功は在来の鹿児島中央駅へ乗り入れてこそである。これには、新函館開業時に在来線との接続をホームタッチにするとの報道に答えを見て取れる。報道内容はここまでだが、札幌延伸後にホームタッチの在来線を改軌すれば新幹線列車の函館発着がかなう訳だ。おそらく自治体関係者にはここまで伝達されているのではないか。道や函館市が江差線の維持に転じたのは、このあたりにカラクリがありそうだ。

写真は、再びの日本で一番有名な踏切、「北4線踏切」である。倶知安 (函館本線) 1982
ここに達する農道は冬期に除雪されない。この日はワイス温泉からのバス移動であったゆえ、国道上のバス停留所からの移動は覚悟していたものの、無雪期の5分に対して30分以上を要してしまった。それでも、倶知安駅までバスに乗り、線路伝いに戻るよりは早かったはずである。
列車は、荷41列車札幌行き。3両の旅客車は函館からだけれど、その客扱いは森以北である。

倶知安を出た新幹線は、北に直進して高見付近で倶登山川を渡り、末広あたりで二つ森トンネルに入る。
その頃、列車の来なくなったこの位置からは、画角の遠く左右方向にその高架橋を見るはずである。

[Data] NikonF2A+AiNikkor50mm/F1.8 1/500sec@f8 FujiSC48filter Tri-X(ISO320) Edit by CaptureOne5 on Mac.

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