"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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細岡 (釧網本線) 1984

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釧路湿原を俯瞰したいと思いつつ、なかなか果たせないでいた。
釧網本線は、湿原取り囲む丘陵地の縁をトレースするような線形で進むのだけれど、そこには大抵は落葉樹が大きく育ち、見通しは効きそうにないのだ。
その頃から、岩保木山の展望台は存在したものの、五万分の一地形図上で検討しただけでも列車を俯瞰するには不向きと分かる。
何度かの車窓からのロケハンで見つけたのが、細岡手前の低い丘と塘路の急峻な崖だった。塘路の崖については別項に記述するつもりだ。

細岡の駅のロケーションは素晴らしい。もともと開拓地への利便で開設されたゆえ、周辺には僅かな民家のあるのみで、駅本屋ともども樹木に隠れるように在って、駅へと続く道は森の小径を思わせた。
風格も無く、堂々ともしていない、実用本位の木造板張りの駅舎は心地よく古びて風景に溶け込んでいたものだ。
さすがに、国鉄〜北海道旅客鉄道も、この環境からはダルマ駅にする訳にも行かなかったと見え、今では小さなログキャビン風の待合所に改築されている。

駅から遠矢方向へ徒歩で10分程で見えて来る低い丘陵群は、その地質はほとんど砂山で、それゆえに樹木の生長しなかったものと思う。登ってみると低いとは言え湿原を見渡せるポイントであった。
列車の通り過ぎた、奥の踏切から到達する丘は、現在でもここでの定番ポイントとなっており、撮られた方も多いだろう。
かつて蒸機の時代には画角後方のR362曲線の向こう側の高度のある丘からの俯瞰も出来たのだが、ご覧の通り、この時既に樹木が成長してしまっていた。ただし、ここからは湿原と逆を向くことになって列車中心の撮影であった。

列車は、3692列車。釧路操車場から中斜里までの、ほとんどホクレン中斜里製糖工場の専用列車である。
ワム車は製品出荷用で空車回送と思われるが、後方のトキには東鹿越からの石灰石が積まれているはずだ。
弟子屈ないし川湯と緑間に限られていた補機運用だが、84年2月改正以降では要員の削減や運用の単純化で運転全区間に使用されるようになっていた。

[Data] NikonF3P+Ainikkor105mm/F1.8 1/500sec@f8 FujiSC48filter Tri-X(ISO320) Edit by PhotoshopLR3 on Mac.
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