"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

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銀山 (函館本線) 1982

ginzan-Edit.jpg


函館山線の零落振りは凄まじい。
最近の実見は2000年の有珠山噴火にともなう迂回運行時ゆえ、その後に変化のあるやも知れぬが、往年を知る身としてはその有様は想像以上のものだ。
交換設備の維持された停車場はまだしも、それの廃止/撤去の行われた二股や蕨岱、昆布、比羅夫など長い有効長を持っていた構内の大半は自然に還り、使用されている本屋側乗降場にしても気動車の1〜2両分の客扱い区域を除けば荒廃の言葉が相応しいだろうか。
とても、そこを幹線急行が特急列車が通票を授受しながら駆け抜け、また列車交換で長い編成を横たえたとは思えない。ましてや、停車列車であれば駅員が荷扱いにリヤカーを引き、客扱いにも忙しかったとは想像もつかぬのである。
好ましい三角ファサードを持っていた昆布をはじめ、各駅ともかつての本屋は取り壊され小さな待合所に建替えられているけれど、二股と蕨岱に至っては「ダルマ」である。初見には、その構内の有様と合わせて軽い目眩を覚えたほどだ。

かつて急行<宗谷>が、その後身の特急<北海>が上下列車で交換していた銀山は、現在でも列車交換駅として機能しており、幸いなことにその上り方にカーブした構内は往年の雰囲気を残している。
瀬戸瀬川の谷を詰めて稲穂トンネルに至る小沢側と異なり、然別から徐々に高度を上げて稲穂嶺の裾野に取り付いたところにあるこの駅は東に開けて眺望が効き、駅前の緩い斜面を下る道の両側に樹木に隠れるように集落が在って、とても好きな風景だ。

写真は、稲穂トンネル手前での104列車<ニセコ>。
前年秋に、ヒグマの糞を発見して撤退したトンネル上部を登りつめたポイントからの俯瞰を、雪景色でとばかりに積雪の締まる3月末を選び登山装備で訪れたものだが、前日来かなりの降雪があって再び断念せざるを得なかった。
C62重連の時代もそうだけれど、この急行は勾配を信じられないような速度で上って来る。

この頃の銀山は、運転要員としての駅員の配置は在ったけれど、待合室と駅務室は板張りで途絶され、乗車券は駅前の商店への委託販売という不自然な形態だった。

[Data] NikonF3HP+AiNikkor180mm/F2.8ED 1/500sec@f11 Kenko UVfilter Tri-X(ISO320)
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コメント

銀山

こんばんは。

銀山、懐かしいですね。
1984年の冬に行きましたので近いですね。
>運転要員としての駅員の配置は在ったけれど、待合室と駅務室は板張りで途絶され、乗車券は駅前の商店への委託販売という不自然な形態だった。

そうでしたそうでした、記憶が蘇りました。山の上まで必死に登って俯瞰しました。

そのうち当ブログでもUPしますよ。

  • 2012/04/11(水) 02:01:01 |
  • URL |
  • 風太郎 #ORZvdv76
  • [ 編集 ]

トンネル手前に線路から草道があって、最初の斜面は急だけど笹が低くて比較的登り易いんだけど、
傾斜が緩くなってからの薮漕ぎが大変。さらに樹林帯を抜けるのも大変で。
締まった雪面のほうが楽、と思ったんですけどね、新雪が30センチも被られたのでは諦めるしかありません。
秋の景色は、熊対策万全で翌年に再挑戦しましたが、冬は撮らず仕舞でありました。

  • 2012/04/12(木) 02:21:13 |
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  • Wonder+Graphics #-
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