"Monochromeの北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃

上野幌 (千歳線) 1990

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千歳線上野幌の記事なのだけれど、はじまりは夕張である。

夕張市では、同市運営による文化事業として『ゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭』が1990年2月を第一回として、以後毎年に開催されている。
2000年からは「冒険」を取り去った『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』となり、2007年には夕張市の財政状況から中止となったものの、翌年以降はNPO法人「ゆうばりファンタ」の運営により回が重ねられており、映画ファンの一人として敬意を表する次第である。
当時所属していた企画事務所が、これの現場運営に関わっていた関係で、1990年の第一回から1992年の第三回までスタッフとして駆り出され、開催期間の前後合わせて2週間程を(喜んで)夕張で過ごしていた。

スタッフに割り当てられた宿舎は鹿ノ谷近くの松下興産の寮であったが、第一回の開催時には夕張市内に肝心の観客向けの宿泊施設が不足しており、北海道旅客鉄道の協力により列車ホテルが仕立てられることとなった。
このニュースは現地に入るまで知らずに居たのだけれど、道内夜行急行や<北斗星>運用の予備車を活用し、夕張で宿泊客(乗客)を乗せて新夕張まで運転、翌朝までの長時間停車の後に夕張へ戻ると言うものだった。この当時の夕張駅は市役所近くに移設されていた二代目である。かつての夕張鉄道の終点である夕張本町とほぼ同地点にあった。
深夜帯に運転の無いゆえ清水沢留置でも良さそうなものだが、同駅の信号設備は上下本線とも逆方向への進出不可と聞いた。
余談だが、列車ホテルはあくまで営業列車としての設定でなければならない。いつでも起動可能な動力装置を有し、かつブレーキ装置を装備し、前部および後部標識を備え、そして乗務員が乗務していなければならないのである。これらの一つでも欠いた状態での駅留置となれば、それは地上固定の宿泊施設とみなされて旅館業法ほか建築基準法/消防法など数々の法規が適用され、鉄道車両はこれらに抵触する。

夜間のことゆえ撮影は諦めていたところ、汚物タンクの抜き取りのため一度札幌運転所に回送されると聞き及んで、仕事の合間に勝手知ったる上野幌へと撮影に赴いた訳である。

このポイントは、上野幌構内を左手後方に見る小高い丘となる。今は同駅の下をくぐり抜ける厚別東通りの用地となって、かなり地形が改変されてしまっているけれど、この当時は南に向けて斜度のある雪の斜面が広がっていてその上部から見通しが効いた。

列車ホテルは、九州特急<さく・ぶさ>に先駆けること10年の24系25形+14系混結編成であった。
<さく・ぶさ>では24系と併結運転中の14系編成はカニ24から電源供給を受けていたけれど、これのサーヴィス電源は別系統である。新夕張停車中のスハネフ14の電源機関はさぞかし乗客には騒音であったに違いない。

[Data] NikonF4s+AFNikkor180mm/F2.8ED 1/500sec@f8 FujiSC42Filter Tri-X(ISO320)


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